和菓子街道 東海道 桑名1

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七里の海を渡って入る伊勢路の玄関口・桑名宿

 宮宿から海路を七里(約27キロ)、東海道の旅はいよいよ伊勢路へと差し掛かる。その玄関口となる桑名は、松平十一万石の城下町であり、東海道五十三次中42番目の宿場町、また良港を持つ港町として栄えた町である。

 船を下りると…という設定は現代の旅人は体験することができないが、船着場跡を訪れると、伊勢国一の鳥居が聳え、伊勢路に足を踏み入れたことを実感する。この鳥居は20年に一度の伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられているものだ。近くには復元された蟠龍櫓も建っている。航海の守護として建てられたと考えられており、広重も『東海道五十三次 桑名』の中で桑名の象徴としてこの櫓を描いている。

 この他、桑名藩御船番所の住吉浦、ジョサイア・コンドルの設計による地元名士の邸宅・六華苑など、界隈には名所・旧跡が多い。昭和34年(1959)の伊勢湾台風の後に護岸整備が進み、防波壁や河口堰が旧来とは違った景色を作っているが、それでもこの辺り一帯から眺める木曽川・長良川・揖斐川の木曽三川は絵巻物のように美しく、「水郷県立公園」に指定されている。

 さて、七里の渡しからいざ、桑名宿へ。大塚本陣跡(現船津屋)、脇本陣駿河屋跡(現山月)は東海道沿いにはなく、大川に沿って建てられた。本陣・脇本陣に宿をとる身分の高い旅人が、雄大な川を眺めながら休めるようにという趣向だったのだろうか。

 東海道に戻って、土色にアスファルト舗装された道を辿りながら市街地に向かって歩いていくと、やがて右手に大きな青銅の鳥居が見えてくる。「日本一やかましい」といわれる石取祭で有名な春日宗社の大鳥居だ。

 春日宗社の流鏑馬神事の馬場修理のために町屋川から石を運んだのが始まりと伝えられる石取祭では、神楽太鼓や鉦が打ち鳴らされる中、30数台にも及ぶ山車が曳かれる。この時ばかりは、普段静かな旧東海道も地が割れんばかりの喧騒に包まれる。

 鳥居はというと、寛文7年(1667)に七代藩主松平定重が建立させたもので、街道随一と謳われた見事なものだ。鳥居は旧道沿いに立っているが、春日宗社の社はその奥、旧道より一筋西側の通りに面して横たわっている。

 この先の街道左手には、桑名城跡(九華公園)の堀に沿って東海道をイメージした「歴史を語る公園」が整備されている。公園の端にはミニチュア版の三條大橋も。これまで歩いてきた道を振り返りつつ、これから歩く道と最後に渡るであろう三條大橋、といった具合に街道歩きを疑似体験することができる。

 伊勢湾に面して扇を開いたような姿て建っていたことから、扇城とも呼ばれた桑名城だが、今ではお堀にのみそのよすがを偲ぶことができる。

 桑名はさすがに古い町だけあって、散策していると寺はもちろん、呉服屋をはじめ老舗もよく目に付く。船着場周辺はかつて廓町だったが、桑名には今も芸者さんの置屋が何軒か残っているのだそう。私立博物館向かいにある「茶茂」も江戸時代から続く茶舗だ。

 また、京洛に近く風流の土地柄で、文化が高く、茶事も盛んなせいか、和菓子屋が非常に多い。百貨店もない町ではあるが、和菓子屋なら70軒以上あるのだとか。

 城下町らしく、幾たびか角を曲がりながら街道を行くと、火の見櫓が目印の矢田の立て場に出る。ここでは丁子路を左に折れる。この辺りには馬つなぎ輪のある古い家が残っており、宿場時代を思わせる町並みが続く。そして道はそのまま、安永の集落へと入っていく。江戸時代、ここでは茶店が何軒か建ち並び、おのおの安永餅を売っていた(「柏屋」「永餅屋老舗」「玉喜亭」参照)。この集落を出ると町屋川(員弁川)があり、桑名ともお別れになる。

 朝日、富田、羽津と進む。かつては蛤を焼く旨そうな匂いが漂っていたであろう一帯だ。旧道然とした細い道沿いには、一里塚や常夜灯、街道松が点在している。途中、いくつかの橋を越えて、四日市宿へと入っていく。

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 ・とらや老舗 「とらや饅頭」

    武士の日記にも登場する名物饅頭 → click!

 ・安永餅本舗 柏屋 「安永餅」

    昔のままの茶店の味を200年 → click!

 ・納屋清 「あんふ」

    お城出入りを許された御用麩屋 → click!

 ・永餅屋老舗 「安永餅」

    安永から桑名、長島名物へ → click!

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その他のおいしい立ち寄り情報

花乃舎
  菓子: 蒸菓子(各1個231円)、棹物(羊羹)(各半サイズ1棹840円~)
       都饅頭、歌行燈(各1個137円)、志がらみ(1個147円)他
  茶房: 蒸菓子と抹茶(700円)、丹波大納言小豆志ら玉ぜんざい(700円)他
  住所: 三重県桑名市南魚町88
  電話: 0594-22-1320
  営業時間: 8:30~20:00 (茶房 9:00~18:00)
  定休日: 月曜日 (祝日の場合は営業)
  URL: http://www.thetown.ne.jp/hananoya/

 桑名を代表するの和菓子の名店「花乃舎」。明治創業というから、老舗が多く残る桑名では歴史的にはまだまだ浅いと言えるが、全国的に見ても茶人の間での評判はすこぶる良い。

 俳句を詠み、茶をよくしたという素封家の初代が、京都から菓子職人を呼んで開業したのが明治7年(1874)。花乃舎という店名は、親交のあった権大納言久我通富卿から賜ったという。幕末から明治にかけて活躍した桑名の画僧・花乃舎唯念からとって卿がつけたものと思われる。江戸時代後期に桑名市南寺町の輪宗寺で住職を務めた花乃舎唯念は、当時は国中に知られた絵師であった。

 現当主は四代目の水谷景一さん。昔は当主も菓子を作ったが、今は当主は経営のみという老舗はよくあるが、花乃舎は全く逆だ。職人を雇って菓子屋を営んでいた先祖に対し、水谷さん自身も菓子作りをする職人である。バターなどの動物性のものは一切使わず、冷凍庫もなく、あくまでも手作りにこだわり続けている。初代の頃から続く京風菓子の伝統を重んじ、薯蕷饅頭やきんとんなど、茶席の主菓子として用いるいわゆる上生菓子も「蒸菓子」と呼ぶ京風を踏襲しているのだとか。

 季節を表現した蒸菓子や羊羹などの棹物は見目麗しく、お濃い茶によく合うようにしっかりとした甘みを持たせている。この他、花乃舎が元祖という桑名銘菓「都饅頭」や、羽二重餅に柔らかな薄紅の羊羹を挟んだ「志がらみ」(有本芳水の誌『桑名にて』の一節より命名)、軽い麩焼きに白小豆餡を挟んだ「歌行燈」(泉鏡花の『歌行燈』より命名)など、菓名も風雅な菓子が菓子ケースに並ぶ。

 また、店の一角を占める茶房では、蒸菓子と抹茶のセットや、ぜんざいなどの甘味を頂くことができる。迎え茶と共に添えられる干菓子「種あわせ」は、麩焼き煎餅の表面に季節によって異なる模様の焼印が押されている。気軽に立ち寄れる茶房でありながら、干菓子と主菓子の出るお茶席の風情をできる限り伝えようという心意気が伝わってくるようだ。

(お菓子の写真はクリックすると大きくなります)

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たがねや
  菓子: たがね (5枚入315円~、袋入「あつ」70g840円~、袋入「うす」85g1050円~)
       こがねやき (1枚210円~袋入5枚1050円~)、十楽 (折鶴入り箱詰め2100円)他
  住所: 三重県桑名市田町30
  電話: 0594-22-2828
  営業時間: 9:00~19:00
  定休日: 木曜日
  URL: http://www.taganeya.com/

 桑名を訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみたいと思っていた店がある。以前、綺麗な箱入りの醤油煎餅を知人から頂いたことがあった。ぷつぷつとした食感が残る煎餅は、醤油がキリッときいて香ばしく、それでいて米の味がしっかり生きていた。「たがねや」という店名が頭に刻まれて随分経ったが、東海道歩きの折に遂にお店にお邪魔することができた。

 ガラスをはめた引き戸を音を立てて開ける。煎餅やあられが詰まった棚が、店内の狭いスペースを占領している。海苔巻きやらあられやら、色々な焼き煎餅があるようだが、この店の看板商品は、店名からも察することができるように「たがね」である。

 たがねとは、古くから桑名で親しまれている醤油焼き煎餅のこと。もち米とうるち米を混ぜて搗いたきじを焼き上げ、溜り醤油にくぐらせた昔ながらの煎餅だ。

 そもそも「たがね」とは、大槻文彦博士の『大言海』によると「束(タガネ)」を意味するという。「束」はもちろん、細長いものを束ねた形状のこと。古代には、稲穂の刈束の数で作物の量が計算されていたとされているが、刈束はそのまま神前に供える供物としても用いられた。後に、お供えの刈束は粢(シトギ)と呼ばれる長卵形(後に楕円形)の餅に替えられる。

 神に供えた稲の刈束が餅に転じた名残りを伝えるのが、「たがね餅」だ。桑名を中心とする三重県の北勢地方では、昔からたがね餅を食べる風習がある。うるち米ともち米を搗いて作る餅で、滑らかな通常の餅とは異なり、うるち米の粒が残った餅だ。

 「昔は、うるち米や古米などを加えて餅の量を増やしていたのだと思います。農家の知恵でしょうね」

 そう考察するのは、たがねやの女将さんだ。
もっとも、「たがね」と呼ばれる同様餅は日本の他の地方でも土産物などで見たことがある。ただ、北勢地方では土産としてではなく、一般家庭向きに今でも正月になるとこのたがね餅が売られるのだという。

 そして、今では伝統的な郷土食となったこのたがね餅を薄く切って焼き、醤油をつけたものがたがね煎餅だ。江戸時代、もち米とうるち米をまぜついた切り餅(たがね餅)を焼き、蛤などの時雨煮に使う溜り醤油をつけたものが、桑名城下で旅人に売られていた。それがいつしか、かきもち(煎餅)になったのだという。

 「たがね煎餅は、どこの店が元祖ということはなく、昔からこの地方に伝わるお煎餅なんです」(女将さん)

 確かに、同じような醤油煎餅は桑名市内の他の菓子屋でも作っているようだ。しかし、今でも昔と変わらず、炭火による手焼きにこだわり続けているのは、たがねやだけである。

 桑名の平賀という地に住んでいた濱吉という人が、平賀の平と濱吉の濱をとって「平濱」の屋号で桑名城下に菓子屋を開いたのが、明治五年(1872)。いや、年号のみならず、五月五日という日付まではっきりしているというからすごい。

 濱吉が手焼きする「たがね」の味はすぐに評判になった。しかし、平濱の名を更に広めたのは、煎餅を入れる紙袋だったようだ。ほんの数枚の煎餅を買っても紙袋に入れて客に渡すというのが当時としては珍しく、贅沢で雅だったのだ。

 特に廓の女たちの間で人気があり、「平濱のたがね」ともてはやされたという。やがて「たがねや」と呼び親しまれるようになった平濱は、現当主の伊藤巧さんで五代目を数える。

 郷土食のたがね煎餅だが、「たがねや」の「たがね」のファンは全国的にも非常に多い。それには、それなりのワケがあると見ていいだろう。たがねやで使用するもち米は主に、粘り気が強く透明度のある地元産のもち米だ。収穫量が少ないため、「ヒオク」や「コガネ」といった銘柄米を代用することもあるそう。これに、やはり地元でとれる小粒で甘みのある良質のうるち米を混ぜて餅にする。もち米とうるち米の配合が、たがね煎餅の元になる生地のもっちり感やつぶつぶ感の決め手になるという。

 使われる醤油は、桑名特産の底引き溜り醤油と呼ばれる濃い口醤油だ。大豆のみで作られる溜り醤油で、色・味共に濃いが、塩辛さは少なめ。元々は小判型の厚焼きたがね(たがねやの商品名は「あつ」)だけだったが、戦後になるとパリパリとした食感をより楽しむことができる櫛形の薄焼き(「うす」)も登場した。「あつ」も「うす」も味はほとんど変わらないが、「うす」は薄いだけあって醤油がよりしっかりと染みて、濃い味になっている。

 米、醤油に加えて重要なのが、炭火で焼くこと。

「炭火で焼かなければ、この風味は出ません。米が立つとでも言うのでしょうか。火の強さも丁度良いのですね。火が弱いと堅く焼けてしまうし、強いとこげてしまいます」(女将さん)

 一枚一枚手焼きするため、どうしても焼きむら(焦げ目の濃淡)はあるが、そこがまたいい。一枚の煎餅のうちにも、浅く焼けているところと、しっかり香ばしく焼けているところで微妙に味の違いを楽しむことができるのだ。

 たがねは「あつ」「うす」共に、5枚からのばら売りのほか、美しい越前手漉き和紙の信玄袋に詰められて売られている。初代濱吉が、素朴な煎餅ながら紙袋に入れた心が、今も生きている。袋の表には、たがねやのシンボルマークが描かれている。お煎餅屋さんなので、最初は杵かと思っていたが、女将さん曰く、これは「藁の束」を描いたものだそう。そう、まさに「束(タガネ)」なのだ。

 信玄袋入りの「あつ」と「うす」を箱詰めにした「十楽」もお薦め。女将さんが真心こめて折る紅白の折鶴が、箱の中に忍ばせてあるのだ。「十楽」とは、自由・極楽を意味する言葉。その昔、栄華を極めた桑名は「十楽の津」とも呼ばれていたという。

 そんな極楽の地・桑名に今も残る「桑名の千羽鶴」は、一枚の紙に切り込みを入れ、切り離さずに連続した複数の鶴を折っていくという風雅な折鶴だ。

 江戸時代に長円寺の住職・魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)によって考案されたもので、立体的な美しい折り方は桑名市の無形文化財にも指定されている。十楽の津で生まれ育った味と伝統文化を詰め合わせた、素敵なお土産になりそうだ。

 パリッとしたたがねもいいが、サクッとした食感の「こがねやき」もまたいい。伊勢芋や卵を加えいるため、軽い口当たりになっている。たがね同様、溜り醤油に浸しているが、軽いうえ厚みがあるため、全く違った味になっている。こちらも、たがねと肩を並べるたがねやの看板商品のひとつだ。

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