和菓子街道 東海道 吉田

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ご城下の宿場町は、路面電車の街へ

 愛知県豊橋市。古くは今橋といい、豊川(とよがわ)の渡し場を中心とした集落が、16世紀初頭の今橋城築城に伴い城下町へと発展した。その後、「いまはし」という響きが「忌まわしい」に通じることから、縁起の良い「吉」の字を使って吉田に改名されたという。東海道が整備されると、吉田は江戸から34番目の宿場町としての機能も果たすようになるが、更に明治になり、豊川にかかる橋の意で豊橋と再び改名された。

 遊郭や旅籠が立ち並び、

「吉田通れば 二階から招く しかも鹿子の振袖で」

 と歌われた吉田の町。その城下町を見下ろしていた吉田城は、復元された鉄櫓(くろがねやぐら)と現存する石垣が往時を偲ばせている。現在、路面電車が走る市内には宿場時代の名残はほとんど見られないが、城下町特有の曲がり方をした曲尺手(かねんて)と呼ばれる道筋などが残っている。

 寛政13年(1802)刊行の『改元紀行』には「~城門の外に出づれば坂下町、田町などあり。塩煎餅といへるものを造りて干し置けり」とあるが、この塩煎餅はもはや名前さえ残っていない。吉田宿の塩煎餅、どんな味だったのだろうか。昔は城や豊川周辺で干物よろしく塩煎餅を干す光景が続いていたのだろうか。

 残念ながら塩煎餅を味わうことはできないが、豊橋には今も、江戸時代から続く店が数多く残っている。近年になって建てられた石碑や宿場町の案内板だけではなく、そういった生の歴史が息づいていることに、なんとなく安心感を覚える。

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 ・絹与「羊羹」他

     吉田藩御用達菓子司、家伝の羊羹 → click!

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その他のおいしい立ち寄り情報

きく宗
  料理: 菜めし田楽定食(1785円)他
  住所: 愛知県豊橋市新本町40
  電話: 0532-52-5473
  営業時間: 11:00~20:00 (LO)
  定休日: 水曜日 (月1回連休あり)
  URL: http://www3.ocn.ne.jp/~kikusou/

 平安時代、豊作を祈って田の神に奉納した田楽舞。その舞い手の姿が、豆腐を串に刺した形と似ていたことから、豆腐などに味噌を塗って焼いた料理を田楽と呼ぶようになった。おでんの語源も、田楽舞である。吉田宿のきく宗は、その田楽に菜飯を添えた菜飯田楽一筋の老舗だ。

 創業は文政年間(1818~1830)。現在、店を切り盛りしているのは、六代目当主の太田勝夫さんだ。田楽は、客の注文を受けてから串に刺して焼き始める。こんがりと焼きあがった豆腐は、弾力があり、それでいて適度に水分を保っていて柔らかい。こってりとした赤味噌仕立ての秘伝のタレを塗り、鮮やな和辛子を味噌の上に一文字にすっとひく。

 竹串は中ほどで二又に分かれているため、通常の串焼き料理のようにくるっと回しながら具材を外すことはできない。その代わり、箱状になった器の底に串の先をこんこんと打ち付けて、串の下の方に豆腐を落としながら、少しずつ頂く。だから、菊宗で食事をしていると、あちこちの席から、こんこん、とんとんと音がしてくるのだ。

 細かく刻んだ大根の葉を混ぜ込んだ菜飯を供す店は、かつては街道筋に多く見られ。東海道でも菊川や目川などが田楽を名物としていた。しかし、素朴な菜飯を供す店は、今ではほとんど姿を消している。そんな中でも、頑固に伝統の味を守っているのが、きく宗なのだ。吉田の札木町にさしかかったら、是非、とんとん、こんこんとやりながら、昔の庶民の味を賞味して頂きたい。

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割烹旅館 松米
  料理: 会席料理(4000円~)他 (全て要予約)
  住所: 愛知県豊橋市八町通2-46
  電話: 0532-52-5058
  営業時間: (予約時に相談)
  定休日: なし (予約時に相談)
  URL: http://www.matsuyone.com/

 戦国時代に牧野古白が築城し、江戸時代には数々の譜代大名が住まわった吉田城。その広大な跡地の一部は現在、豊橋公園として整備されており、復元された鉄櫓(くろがねやぐら)や美術館、茶室、陸上競技場などのある市民の憩いの場となっている。しかし、実際の吉田城の敷地はこの公園よりも一回り大きく、地図で言うなら、西は現在のNTTの裏手辺りまでが掘内だった。そして、堀の内側、NTTと背を合わせるように建つのが、老舗割烹旅館・松米だ。

 松米の創業は慶応年間で、現在の当主で五代目を数える。初代は女性、それも公家出身のいわゆるおひいさま(お姫様)だった。幕末の動乱期、きしのという名のその女性の親戚縁者が、「これからの時代、女手ひとりで生きていかなければならないから」と料亭を始めることを提案した。

 きしのが公家の出身であったため、城主(大河内松平信古か)から吉田城の堀の内側に店を構えるという特例が許されたのだという。公家の店とはいえ、料亭を敷地内での商いを許したというのだから、江戸末期、藩制や城の役割は既に意味のないものになっていたのかもしれない。堀のすぐ際に店があったため、近年、家屋の改築を行なった時には、堀の石組が出土し、工事が難航したという。今も江戸時代からある井戸が、敷地内に3つも残っている。

 ともあれ、公家のおひい様が始めた店は、お城の中の一流料亭として吉田にその名を馳せた。贔屓筋は、武家や公家など、身分の高い人々で、庶民には近づきがたかったようだ。芸妓の出入りもあったが、半玉(芸者の卵)ひとりでは敷居をまたぐことも許されず、姉さん芸妓のお供でようやく入ることができたという。

 割烹旅館となった現在でも、地元名士が大切な客人を招いてもてなす際に利用することが多い。もっとも、今はジーンズに登山靴の街道ウォーカーでも予約さえあれば料理だけでも気持ち良く迎えてくれる。

 きしのには子供がおらず、養子養女をひとりずつ迎えて家を継がせた。その養女が松坂出身で、米(よね)という名だったことから、きしのの料亭は「松米楼」と名乗るようになった(それ以前のことは、現女将さんには分からないそう)。更に、米夫妻も子宝に恵まれず、再び久(ひさ)という女の子を養女に迎えて婿をとらせた。

 つまり、女系で家と店を継ぐという形式が三代まで続き、きしのの血筋は既に残っていないことになる。そうまでして守り続けた松米だが、四代目からは子供にも恵まれ、現在では六代目を次ぐ予定の息子さんが父親である五代目と共に厨房を預かっている。

 東京は丸の内の東京會舘で修行を積んだ息子さんの作る料理は、豊橋という土地柄、しっかりとした味付けながら、素材ひとつひとつの味を活かしたものが多い。会席膳の内容は月替わりで、季節の風物を皿の上に描くなど工夫を凝らしている。

 老舗の会席料理とはいえ、家庭料理の安らぎを感じることもでき、ほっとする。若年ながら、歴史や伝統といったことに価値を見出しているという以来の六代目。五代目の指導を仰ぎながら、更に腕を磨き、きしの姫の店を守っていていってくれるのだろう。

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matsuyone-lunch.JPG(料理の写真をクリックすると大きくなります)

丸よ
  料理: 鰻定食、鰻丼(各1740円~)他
  住所: 愛知県豊橋市札木町50
  電話: 0532-52-4987
  営業時間: 11:30~20:30
  定休日: 水曜日
  URL: http://www.maruyo-gr.com/

 愛知県は鰻の養殖が盛んで、生産量は鹿児島県に次いで全国2位。豊橋市も、県内では幡豆郡一色町と肩を並べる一大生産地だ。浜松や三島ほどではないが、市内や周辺の町にも鰻屋は多い。そんな中でも、最も古い歴史を誇るのが、創業100年余りの丸よだ。

 所は豊橋市札木町。かつて2軒あったという吉田宿本陣のうちの1軒、清須屋与右衛門の本陣跡に大きな店を構えている。暖簾を守る中山家は、江戸時代には船宿を営んでいたが、明治に入り、中山要吉の代に宿場町の衰退と共に肉屋に変わった。

 その後、鰻屋に鞍替えし、現在に至っている。船宿が前身ということで、鰻料理は江戸のことから中山家に伝わっていたのではないかと思われるが、資料がないため、確かなことは分からない。丸よの名は、当主の要吉の「よ」の字を丸で囲んで屋号としたことからつけられた。

 丸よの鰻の蒲焼は、いわゆる関東風。白焼きにしてから蒸して、タレをつけて更に焼く。しかし、丸よの蒲焼には、他の関東風鰻屋のどこにも見られない特徴がある。通常の蒲焼は、鰻の肉を上に向けて客前に出されるが、丸よでは、皮面が上を向いた蒲焼や鰻重が出てくる。実はこんなことをするのは、日本の中でも唯一、丸よだけだ。

 肉と比べてタレが馴染みにくい皮だが、丸よでは、そんな皮にもきちんとタレがつくような独自の焼き方をしている。肉が上の方が小奇麗ではある。しかし、明治時代から受け継がれてきた技術をとくとご覧あれ、との意気込みが伝わってくる皮上の鰻も、たまには良いのでは。

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若松園
  菓子: ゆたかおこし(1本525円~)他
  住所: 愛知県豊橋市札木町87
  電話: 0532-52-4641
  営業時間: 8:00~19:00
  定休日: 水曜日
  URL: http://www.wakamatsuen.co.jp/index.html

 豊橋の代表銘菓と言えば、明治34年(1901)創業の若松園のゆたかおこしだ。おこしの起源を遡ると、奈良時代にまで行き着く。豊作を祈願して、糒(乾燥させたご飯)を蜜で固めたものを神に捧げたのが始まりと言われている。「身、家、国を興す」といった意味に通じることから、室町時代頃には縁起物の菓子として珍重された。

 現在は、おこしというと浅草の雷おこしや大阪の岩おこし・粟おこしが頭に浮ぶ向きも多いだろう。しかし、若松園のゆたかおこしはちょっと違う。細かく砕いた米の粒を香ばしく炒るまでは粟おこしによく似ているが(大阪の粟おこしも今は粟に見立てた米でできている)、ゆたかおこしはそれよりずっと柔らかく、しっとりしている。

 蜜の湿度が残っているため、しんなりと曲がり、粉が落ちることもない。2層のおこしで挟んだ抹茶風味の黄な粉餡(すはま生地)もしっかりとした甘みがあり、おこしの香ばしさと溶け合って絶妙な風味を作り出している。この地方のお茶席にはよく登場するゆたかおこしは、豊橋からの土産物の定番でもある。

 そんなゆたかおこしの起こりは、豊橋を流れる豊川の氾濫にあるという。川を治めて利水し、五穀豊穣の豊な土地を興したいというこの地の農民の願いから生まれたと言われている。ゆたかおこしの上面には、千鳥の姿を描いた焼印が押されている。豊な恵みをもたらす豊川に遊ぶ千鳥だろうか。自然や神への畏敬から生まれた菓子は少なくないが、このゆたかおこしも、そんな人々の祈りから生まれた菓子なのだ。

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大正軒
  菓子: みたらしだんご(1本95円)他
  茶房つばき: 「つばきセット」 (みたらし団子、ところてん、ぜんざいのセットで780円)他
  住所: 愛知県豊橋市新本町10
  電話: 0532-52-7695
  定休日: 水曜日 (茶房は10:00~17:30 LO)
  営業時間: 9:30~18:00

 吉田城を右手に仰いぎながら旧東海道を進み、札木西交差点で豊川方面に曲がってちょっと行った所にある大正軒は、創業明治9年(1876)の和菓子屋だ。創業当時は長谷川屋の名で豊川沿いに店を構えていたが、大正年間に現在地に移転した際に、大正軒と名を改めた。この店の名物はなんといっても、みたらしだんご。しっかりと焦げ目がついた団子に、コクのあるタレがべったりついた大正軒のみたらしだんごは、地元の人たちの間で評判の昔ながらの味だ。

 昔は長い棒状にした団子を5センチほどの長さでに輪切りし、断面に串を刺していたという。ネギ間ともまた違った刺し方で、「団子状」という言葉には当てはまらない形の団子だったという。しかし、形は「団子状」になった今も、基本的な作り方は今も変わらない。米粉100%の団子はモッチモチ。最近ありがちな、だらっと柔らか過ぎてパンチの足りないなんちゃって団子とは、歯ごたえが違う。通常、4~5工程と言われる団子作りを、6~7工程の手間隙をかけることで餅に近い食感に仕上げている。

 素焼きした後、タレをつけて二度焼き、更にもう一度タレをつけているので、香ばしく、味がしみた団子になる。豊橋産の濃厚なたまり醤油をベースに煮詰めた甘辛ダレは、いわゆる「三河風味」。香ばしくて、かなり醤油辛く、醤油の酸味さえ強く感じるほどだが、片栗粉で無理やりとろみをつけたなんちゃって団子のタレとは比べるべくもない。

 そして、焼きとタレ付け担当は、なんと「自動団子焼き機」。発明大好き、物作り大好きだった故・四代目ご主人が、独自に考案したこの機械は全国ここにしかないという代物で、初めてお目見えした頃には、各地の企業や菓子屋が見物に来たという。店の玄関先に置かれたシンボルの木彫りつばき人形も、四代目が鑿を振るって作った作品だとか。その四代目の奥様は、現役の看板娘として店先で活躍中だ。

 自動団子焼き機が回っている様子は見ているだけで楽しく、年甲斐もなく30分もガラスに張り付いて眺めていた挙動不審な客が、約1名…。お土産用のパック詰め(白焼、タレ付)もあるが、その場で焼きたてを味わいたいという人には、店の奥にある汁粉屋「つばき」で。みたらし団子の他にも、きなこ団子、黒胡麻団子もある。

※2008年3月11日に豊橋市牛川に支店ができました。(豊橋市牛川通1-18-1、電話:0532-63-9230)


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ヤマサちくわ本店
  商品: 特選ちくわ (5本630円)、鯛竹輪 (1本420円)他
  住所: 愛知県豊橋市魚町97
  電話: 0532-53-2211
  営業時間: 7:00~20:00
  定休日: なし
  URL: http://yamasa.chikuwa.co.jp/

 豊橋名産としてお馴染みの「ヤマサのちくわ」。ヤマサ本店は、文政10年(1827)の創業当時は魚屋だったが、現在ではちくわや蒲鉾などの練り製品を製造販売している。

 基本理念は、「鉛は金に変わらない」。本物の金に見せかけようとしても、所詮、鉛は鉛。本物の金には変えられない。同様に、加工製品のちくわであっても、素材や技術を偽っては、本物の味にはならない。

 定番の特選ちくわは、近海もののエソはハモなどの鮮魚を使い、職人が熟練の技でその時々の気候に合わせた加減で仕上げている。芝鯛を使った鯛竹輪は、贈答用としても人気がある。



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