和菓子街道 東海道 新居

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便利か不便か、渡船でそのまま今切関所入り

 自由律俳人・種田山頭火が「水のまんなかの道がまっすぐ」と句に詠んだのは、浜名湖を横断する浜名大橋のことか。今は橋というより、幹線道路のようなこの橋を渡ると、新居の町に入る。

 かつて旅人の多くは、舞坂宿の今切の渡しから船で浜名湖を渡ったのだが、船はそのまま関所の門の内側に着けられた。箱根の関所と並んで厳しいことで恐れられた新居の関所(今切関所)で、否応なしに取り調べを受けることになる。

 ここを通る旅人、特に「出女」や「入り鉄砲」の疑いのある者は厳しい取調べを受けなければならず、それを嫌った旅人は浜松から姫街道に逸れ、浜名湖北岸を行く陸路を選んだ。現在は資料館として見学できる新居関所は、全国で唯一、現存する貴重な関所遺構である。

 昭和初期までは、関所のすぐ前まで浜名湖が広がっていたというから、浜名大橋から関所までの一体は埋め立てられた土地ということになる。関所から西が新居の宿場町で、往時の様子は新居宿旅籠紀伊国屋資料館で垣間見ることができる。

 紀伊国屋は新居宿最大の旅籠で、平成13年に整備された建物前面を除けば、残りは100年前から変わっていないという(旅籠としては昭和30年まで営業)。

 紀伊国屋をはじめ、この辺りの旅籠では御膳に鰻の蒲焼を供していたという。今でこそ鰻と言えば浜松が有名だが、浜名湖の鰻を名物としていたのは、むしろこの新居だった。東海道の中でも、原と吉原の間の立場・柏原と並ぶ鰻の産地だったようだ。とはいえ、鰻がつく御膳は上等で、庶民の旅人の多くはふたりで一皿分の鰻を分け合って食べたという記録も残っている。

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その他のおいしい立ち寄り情報

あと引
  菓子: あとひき煎餅(100g140円)
  住所: 静岡県浜名郡新居町新居1249
  電話: 053-594-0127
  営業時間: 8:30~19:00
  定休日: 火曜日

 新居の関所の西、道路を隔てて2軒目にある旧道沿いの店が、知る人ぞ知る新居銘菓「あとひき煎餅」のあと引だ。昔は道の角にある1軒目の家はなく、あと引は道を挟んで関所のお隣さんだった。菓子屋としての創業は明治初期。それ以前は、江戸屋という旅籠を営んでいた。新居の飯田武兵衛本陣の分家というだけあって、間口の広い大きな旅籠だったようだ。現在は店の間口は2間ほどだが、土間になった店内は広く、店の奥に続いている居住地も奥行きがあって、旅籠時代の名残を感じさせる。

 当初は飴などの駄菓子や落雁などの干菓子を売っていたという江戸屋だが、戦後になって、現当主の祖父が甘口煎餅を考案。小麦粉を使った生地を厚さ3ミリほどに伸ばし、くるくると丸めて輪切りにしたものや、生地を4枚ほど重ねて四角く切ったものを焼く。コリコリとして噛みごたえがあり、うっすら甘みのあるこの煎餅のことを、お客のひとりが「あとを引くうまさ」と褒めたことから、あとひき煎餅の名がつけられた。その後、この菓子が評判になり、店名も江戸屋からあと引に変えたというわけだ。現在は海苔、胡麻、生姜、落花生の4種類があり、ご主人が奥の作業場でせっせと手作りしている。

 昔の家らしく店内はやや薄暗いが、煎餅を焼いていると、甘く香ばしい香りが店の外まで匂ってくる。4種類の煎餅を混ぜたものが袋や箱入りで売られているが、店頭で量り売りもしているので、欲しい種類を欲しい量だけ袋に詰めてもらうこともできる。昔ながらの量り売りは、あとひき煎餅ように、素朴で味がある。

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卯月園                                成交堂
  菓子: うず巻(1本135円、あん入り1本188円)他           菓子: うず巻(1本100円) (あん又はカスタードクリーム入り1本120円)他
  住所: 静岡県浜名郡新居町新居1293                 住所: 静岡県浜名郡新居町新居1580-1
  電話: 053-594-0267                            電話: 053-594-0335
  営業時間: 8:00~12:00                              ※受注による販売のみ。
  定休日: 水曜日                                    近くのスーパーでは成交堂の菓子を買うことができる。

 あとひき煎餅と並んで、新居にはもうひとつ、ここにしかない名物菓子がある。それは「うず巻」、その名の通り、生地をくるくると巻いた側面が渦巻き模様を作る菓子だ。小麦粉と黒砂糖、ふくらし粉を混ぜた生地を鉄板で1枚1枚焼き、6~7センチほどの幅をもたせて巻き上げる。むちむちっとした食感で、黒砂糖の香りもよく、さっぱりとした甘さが病み付きになる。

 新居のうず巻が生まれたのは、戦後のことだ。日中戦争(日華事変、1937~1945)で中国へ渡った新居の人達が、戦後になって引き揚げてきたが、これといってすぐに始められる仕事もなく、何かよい商売はないかと考えた。そこで思いついたのが、中国で食べた「あのおいしいお菓子」を作って売ろう、ということ。原料は黒砂糖と小麦粉、ふくらし粉のみで、手に入りやすかったことも幸いだったろう。前述の通り、その形から「あのおいしいお菓子」はうず巻と名付けられて、いつしか新居の名物になった。

 引揚者からうず巻の作り方を教わった菓子屋が3、4軒、近年まで残っていたが、現在ではうず巻を作っているのは卯月園と成交堂の2軒のみ。成交堂の創業は明治11年(1878)で、新居に現存する菓子屋の中では最も古い店のひとつだ(現当主は4代目)。卯月園の先代(現当主は3代目)も実は、成交堂で菓子職人をしており、主にうず巻を担当していたのだそう。その後、当時はラムネなどを販売していた実家の卯月園に戻ってうず巻作りを始めたのだが、ここから先が皮肉というか、ちょっと複雑なところ。

成交堂では4代目が跡を継ぐ年齢に達する前、3代目が夭逝し、一時期うず巻作りが途絶えたことがあった。しかし、うず巻は新居の名物。成交堂3代目の未亡人は、なんとかうず巻作りを再開したいと、卯月園に相談を持ちかけた。困っているならと、卯月園の先代は丁寧に作り方を伝授し、成交堂の店頭には再びうず巻が並ぶようになった。

 後に未亡人は息子にその作り方を教え、現在では息子が4代目として店を継いでいるわけだが、いつの間にか、成交堂のうず巻には着色料などが加えられるようになり、味や食感も従来のものとは少しずつ変わってきたという。

 「でもまあ、こういうものは店によって味が違うのが当たり前ですから」と、気さくな卯月園三代目のご主人。確かに。好みも人それぞれだから、これでいいのだろう。

 ところで、うず巻を最初に食べた時に思い出したのが、「ちんびん」という沖縄風クレープだ。ちんびんミックスなる粉まで売られていて、沖縄の家庭ではごく一般的に作られている。こちらは、薄焼きにした生地をゆるい棒状に巻いている。生地の厚さはうず巻の方がやや厚いが、巻き上げること、黒砂糖を使っていることなど、共通点は多い。沖縄の菓子は中国からの影響を多分に受けている。もしかしたら、ちんびんとうず巻は同じルーツを持っているのではなかろうか。

 卯月園のうず巻は主に、地元のスーパーなどに卸されているが、午前中のみ店頭販売も行なっている(予約をすれば午後の受け渡しも可)。運が良ければその場ですぐに焼いてくれるので、熱々のうず巻を頂くこともできる。

 この他、卯月園や成交堂をはじめ、新居の各菓子屋(あと引を除く)で作っているのが「すわま(すはま)」というすあま(寿甘、素甘)の一種だ。自称すあま研究者の当サイト管理人としては、新居の特徴的なすわまについては語りたいことが山ほどあるが、脱線し過ぎるのでいつか場を改めて書きたいと思う。

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seikodo.JPG成交堂 ugetsuen.JPG卯月園
ugestudo-uzumaki.jpg卯月堂の「うず巻」
seikodo-uzumaki.JPG成交堂の「うず巻(カスタードクリーム入り)」
seikodo-suhama.JPG成交堂の「すはま」(醤油入りの“すあま”)