和菓子街道 東海道 由比

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由比の町で楽しむ歴史の香りと磯の香りと

 鎌倉の由比ガ浜と名前が似ていることから、「小鎌倉」とも呼ばれる由比は、東海道の中でも最も規模の小さい宿場町のひとつだ。狭い通りを挟んで左右に古い家が残る町並みは、過ぎ去った時代の面影を今に残している。

 江戸時代初期、三代将軍家光没後の混乱期に倒幕を図ったことで自害した油井正雪も由比の出で、生家の染物屋(正雪紺屋)は今も営業を続けている。その店の向かいには本陣跡があり、現在は東海道広重美術館を中心とした公園として整備されている。美術館横の御幸亭は、明治天皇が小休止した離れを復元したもので、上段の間で使われていた釘隠しなどを鑑賞しながら、お抹茶とお菓子を頂くことができる(500円)。

 由比の町並みを散策していると、「桜えび」の暖簾や旛を掲げた店に多く出会う。そう、由比は日本一の桜えびの産地なのだ。季節ともなると、新鮮な桜えびの刺身やかき揚げ、釜揚げを求めてたくさんの人がこの小さな町を訪れる。大正15年創業の井筒屋(由比町由比314、電話0543-75-2039)をはじめとする地元の磯料理屋に立ち寄って、ここでしか味わえない桜えび料理を楽しんでもらいたい。

 腹ごなしの後、さらに歩みを進めると、眼前に「東海道の剣」、薩った峠が迫ってくる。麓に控えるのは、倉沢の集落。昔はサザエのつぼ焼きが名物だったという立場だ。往時はさぞかし香ばしい匂いが辺り一帯に漂っていたことだろう。今ではグルメ漫画にも実名で登場したという倉沢屋で賞味することができる。

 幕末に活躍した山岡鉄舟ゆかりの望嶽亭からすぐのところ、一里塚跡からいよいよ薩った峠への登り坂が始まる。みかんや枇杷の畑の間に伸びる急峻な坂道を登り詰めれば、吸い込まれそうなほど青い大海が目の前に広がる。富士山を背景に東海道本線、国道一号線、東名高速道路が並んで走る姿を一コマに収めることができる絶景スポットとしても人気の高い峠を越えると、後はひたすら下り坂。次の興津宿はもうすぐだ。

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sazae.JPG倉沢屋「さざえのつぼ焼き」。(料理の写真をクリックすると大きくなります)

 ・寄り道コラム

    深海からやってきたピンクの妖精、桜えび → click!

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その他のおいしい立ち寄り情報

春埜製菓
  菓子: たまご餅(10個入735円)他
      ※午前中はばらでの販売も可能
  住所: 静岡県庵原郡由比町北田92
  電話: 0543-75-2310
  営業時間: 8:00~19:00
  定休日: 月曜日
  URL: http://www.haruno.com

 「お入りなさいやァせ。名物さとうもちヲあがりやァせ。お休みなさいやァせ」

 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の中で描かれている由比の「さとう餅」売りの女性の呼び声である。由比には名物のさとう餅を売る店が立ち並んでいた江戸の頃には、旅人たちはこんな呼子の声に惹かれて茶店の軒先に腰を下ろしたのだろうか。

 このさとう餅はいつしか名前を変えて、「たまご餅」と呼ばれるようになった。残されている古い栞には「たまごもち10銭」と書かれているというが、その栞が作られた年代などは定かではない。おそらく、真っ白な餅の皮が剥いた卵のようにつるりとしていることから、たまご餅と改められたのだろうと想像するばかりだ。

 ご多聞にもれず、時代が進んで街道を歩いて行き来する旅人が減っていくと、たまご餅を鬻ぐ店も徐々に姿を消していった。最後まで残っていたのは由比川のほとりにあった「もちや」だったが、その店も20年ほど前には商売をやめてしまった。そこで立ち上がったのが、もちやの親戚筋で同じく由比で菓子屋を営んでいた春埜製菓だ。もちやからたまご餅作りを引き継いで以来20年、今も由比の名物餅を作り続けている。

 大正15年(1926)創業の春埜は、現在三代目が中心になってたまご餅作りをしている。数年前までは二代目である現当主がひとりで日々たまご餅をこしらえていたため、数も少なく、午前中には売り切れてしまうこともしばしばだった。そんなわけで、大学院を出て大手企業に就職されていたお孫さん(息子さんは夭折)が週末ごとにおじいさんを手伝うために東京から戻っていたという。

 そんな春埜に転機が訪れたのは、お孫さんの大阪転勤が決まった時だった。大阪から由比まで週末ごとに通うのは大変である。かといって、江戸時代から受け継がれてきた宿場名物が消えていくのを指をくわえて見ているわけにはいかない。お孫さんは、自分の意思で大手企業を辞めて由比に戻って家を継ぐ決断をしたという。1年間、製菓学校に学んだ後、三代目として春埜に入った。

 上新粉を使ったつやつや、もちもちの皮でさらりとした口どけのよい漉し餡を包んだ素朴なたまご餅は、気取らない旅人のおやつ。呼び名も作り手も時代を経て変わっているが、江戸時代から綿々と受け継がれてきた小さな宿場町の小さな名物菓子だ。薩った峠を目指す前には、精をつけるためにも是非、頬張って頂きたい。

 余談ではあるが、「時間が経って少し硬くなってしまったら、焼いて食べてもおいしいですよ」と女将さんに勧められたが、硬くなる前に全て食べ終わってしまった。焼いたらどんな味になるのかは不明である。

tamagomochi.JPG(お菓子の写真をクリックすると大きくなります)

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いちうろこ
  土産: 黒はんぺん(8枚入400円)、駿河揚 あじ/きす(各1枚250円)他
  住所: 静岡県庵原郡由比町今宿13
  電話: 0543-75-3124
  営業時間: 8:00~17:00
  定休日: 盆・正月休み(不定休あり)

 由比宿本陣からしばらく西進すると、由比漁港への入口を示す案内板が見えてくる。そのほんの少し手前、旧道沿いに店を構える「いちうろこ」は、文政元年(1818年)創業の練り製品の老舗だ。

 「いちうろこ」のある今宿集落は、由比の中でもとりわけ半農半漁を生業としてきた集落で、魚の保存を目的にそれぞれの家々で自家用の練り製品を作っていた。「いちうろこ」もそんな半農半漁の家の1軒だったという。明治期には半農半漁の傍ら、自家製練り製品の販売も手がけるようになり、大正初期になって練り製品で一本立ちするようになったのだそう。

 「いちうろこ」の店舗裏は鰻の寝床状になっており、奥には加工工場を擁している。工場では、駿河湾でとれるキスやイサキ、桜えび、しらす、イワシなどや、長崎や下関で水揚げされるグチやハモ、エソといった魚を加工して蒲鉾などの練り製品を作っているのだが、九代目(専業になってからは5代目)に当たる現当主の佐野敏夫さんが最も大切にしているのは、合成保存料や漂白殺菌剤などの化学物質を一切使用しない、昔ながらの練り製品作りだ。

 例えば、弾力のある練り製品に加工するのに一般的に使われているソルビットなどの化学物質は用いず、砂糖のみで調整している。その砂糖も、漂白した上白糖でなく、その原料の原糖を使用。塩もまた、精製塩でなく、海水を天日のみで処理した原塩を使っている。アレルギー物質である小麦粉澱粉や卵白なども使わない。

「一時は保存料や漂白殺菌剤なんかを試してみたこともあったのですが、どうしても味が落ちてしまう。だから、結局、昔ながらのやり方を通しているんですね」と、佐野さん。こだわりというより、「おいしいものを作りたい」と思う佐野さんにとっては、当然の選択なのかもしれない。

 味わってみると「いちうろこ」の練り物は確かに他とちょっとちがう。黒はんぺんは弾力というよりむしろふわっとした食感で、味も化学調味料にありがちな妙な甘味もなく、さっぱりとした味わいだ。

 地元産のあじの駿河揚はしっかりとした味付けながら、魚の旨みが凝縮されており、酒の肴にはぴったりだし、牛蒡が味と香りのアクセントになっているきすの駿河揚は、しっとりとした肉感と白身魚ならではの優しい味が舌の上で余韻となって残る。心を込めた「いちうろこ」の手作りの味のファンが多いのも頷ける。

 ところで、店に入る前にちょっと気になっていたことがあった。屋号の「いちうろこ」とはつまり「一鱗(△)」で、家印は「」としている。しかし、その屋号とは別に、「上川」という字も看板に書かれているのだ。店番をしていた佐野さんの娘さんに訊ねると、これは「屋号ではないけれど、屋号のようなもの」なんだそう。

 なんだかよく分からないので、更に詳しく聞いてみると、どうやらこの辺りの家々は、それぞれニックネームのようなものでお互いを呼び合っているらしい。例えば、「いちうろこの佐野さん」ではなく、「上川さん」と呼ぶのだという。街道を挟んで向いの家は、「下川さん」で、「上川さん」より2軒ほど西の家は「川端さん」なんだとか。

  「川端さん」のすぐ横は丁子路になっていて、街道から南に折れると由比漁港に到るのだが、丁度この丁子路の辺りに、北から流れてくる小川がある。小川は街道に突き当たると暗渠となって、道の下を潜って漁港の方に流れていく。どうやらこの小川が、「上川」だとか「下川」だとかいったニックネームの由来になっているようだ。

 ちなみに、小川の西岸の家は、「藪の中さん」。川とは関係ないが、実におもしろいネーミングだ。この辺りにかつて藪があったのだろう。昔の由比の様子が、家々の呼称から伝わってくるようだ。

ichiuroko-hampen.JPG(商品の写真をクリックすると大きくなります)

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hampen-star-mold.JPG店内に飾られた古い練り製品用の木型。昔は丸型のみならず、星型や花形などものはんぺんがあったようだ。

hampen-mold.JPG飾り型に練り物を詰めて、糸でしっかりと巻いて閉じてから蒸す。

ichiuroko-colorful-hampen.JPG慶事や正月用の飾り蒲鉾は、色とりどりで華やか。扇や飛鳥などの型もある。

さすぼし蒲鉾
  土産: 黒はんぺん(300円~)他            ※直売店
  住所: 静岡県庵原郡由比町町屋原176-7         住所: 由比町北田31-2(国一沿い)
  電話: 0543-75-2007                      電話: 0543-75-2007
  営業時間: 8:00~(日暮れ過ぎまで)            定休日: 水曜日
  定休日: なし(不定休あり)
  URL: http://www.sasuboshi.ne.jp

 はんぺんといえば、白いものと思っていた。ところが静岡県では、中部を中心に「黒はんぺん」なるものが横行しているではないか。しかも、知人宅で私がそれを初めて頂いた時には、なんとフライとして出てきた。はんぺんが黒い。しかも、パン粉の衣がつけられたフライになっている。不思議な感覚だった。

 そも、黒はんぺんとは。骨や皮も丸ごとすり合わせた鰯のすり身を蒸しあげたもので、漁師の知恵から生まれたいわば「鰯の保存食」である。ここ由比でも、もちろん黒はんぺんは一般的な食べ物だ。スーパーや魚屋には当たり前のように黒はんぺんが並んでいるし、黒はんぺんの製造元も何軒かある。中でも、明治23年(1890)創業のさすぼし蒲鉾の黒はんぺんは人気が高い。

 旧東海道沿いにある店は、昔使っていた重い鉄扉の冷蔵庫が置かれており、古色蒼然とした佇まい。薄暗い店内に立つと、かつては蒲鉾作りが行われていた奥の作業場から伸びている土間を伝って流れてくるひんやりとした空気を感じる。

 創業以来、蒲鉾を作ってきたさすぼしで黒はんぺん作りが始まったのは、昭和初期頃から。未来の四代目は現在、蒲鉾・はんぺん作りの修行中だ。現在は半機械化されているものの、基本的な作業は職人が手ずから行うというさすぼしのはんぺん作り。

 細かくすって練りこんだすり身は、鰯ならではのコクのある味だ。おいしい食べ方は、と訊いてみると、やはりフライなのだそう。他にも、そのまま焼いたりおでんにして頂くのが地元流なのだとか。

sasuboshi-kurohampen.JPG(商品の写真をクリックすると大きくなります)

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