和菓子街道 東海道 大磯

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湘南発祥の地・大磯もかつては宿場町だった

 大磯と言えば湘南、サーフィン、夏の避暑地。今でこそそんなイメージが定着しているこの町も、かつては東海道の宿場町のひとつだった。平安の頃から相模国の国府が置かれていた大磯だが、宿場町が現在の場所に形成されたのは江戸時代に入ってからのこと。

 それまで旅人は御嶽神社の前の官道(古東海道、鎌倉道とも)を利用していたが、江戸時代の初めに東海道が整備されると、旧官道沿いにあった人家も東海道沿いに移り、元和6年(1620)に尾上本陣が大名宿を始めたことから正式に大磯宿が定まった。

 尾上本陣跡は現在、中南信用金庫になっており、尾上本陣に次いで大磯の本陣となった小島本陣の跡地には蕎麦屋「古伊勢屋」が建っている。

 大磯が避暑地としての顔を持つようになったのは、明治中ごろのこと。医学者・松本順によって日本最初の海水浴場が開かれ、以来、伊藤博文や三井家など、政財界の要人がこぞってこの地に別荘を建て、宿場時代を終えた大磯は一大避暑地として新たに出発することになる。

 大磯を賑やかにしたのは、何も政財界の素封家ばかりではない。西行ゆかりの俳諧道場・鴫立庵のある大磯は、島崎藤村など、多くの文士を惹きつけた。藤村が晩年を過ごした家屋が現在も保存され、一般公開されている。

 尾張徳川家の旧別荘・翠渓荘も大磯にあり(町役場近く、向かいにベーカリー「パンの蔵」)、現在は会員限定の料亭になっている。一時期、同じ敷地内の龍吟庵は予約なしでも昼膳が頂けたが、今ではこれもなく、一般の利用は制限されている。

 かつてはそこかしこに素封家や文人墨客の邸宅が建ち並んでいた大磯も次々と解体され、代わってマンションが建てられるようになった。今では松並木に往時の面影を偲ぶばかりだが、明治以来の大磯の別荘族が好んで利用してきた料亭や菓子屋、食品店などは今でも営業を続けている。

 大磯から先はほぼ国道一号線沿いに進み、小田原を目指す。途中の国府津にある創業明治21年(1888)の旅館・国府津館(街道より少し南側)は、昼食を頂けば無料で貸切風呂を利用することができるので、街道歩きの汗を流して老舗旅館の板前料理を頂いてみてもいいのでは。

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その他のおいしい立ち寄り情報

新杵
  菓子: 虎子饅頭(1個110円)、西行饅頭(1個120円)他
  住所: 神奈川中郡大磯町大磯1107
  電話: 0463-61-0461
  営業時間: 8:30~16:00
  定休日: 火曜日、水曜日

 明治24年創業、当代で四代目を数える新杵は、吉田茂元首相ご用達の和菓子屋として有名だ。初代の斎藤市太郎は東京にあった新杵という菓子屋で修行を積んだ後、暖簾分けで大磯に支店としてこの店を開いた。関東一円に新杵の屋号の菓子屋が多いのは、その頃、多くの職人達が同じ店やその支店・孫店などから暖簾分けしたことによるという。

 東海道の道幅が今よりずっと狭かった頃、店も現在地よりもう少し西側にあったという(現在の場所へは昭和13年に移転)。昔は今のように店頭に菓子を並べて売るようなことはせず、幾人もいた小僧さんが自転車で財界人や富豪の別荘に赴き、注文をとってきた分だけ作って箱詰めにして届けるという商いの仕方をしていたという。そのため、大磯が賑わう夏の間が通年最も繁盛したそう。

 新杵の名物菓子のひとつに、吉田茂も愛したという「虎子饅頭」という饅頭がある。この地の出身の遊女・虎御前に因んだ饅頭で、見返り姿の虎の焼印が押してある。初代が考案して以来、焼印もずっと同じものを使用しているという。素朴ながら、ハリのある皮と中の漉し餡とのバランスは絶妙だ。

 虎子饅頭と並んで有名なのが、二代目の作である「西行饅頭」だ。この地を訪れた西行法師が「心なき身にも哀れは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」と詠んでいるが、この饅頭もその風情を菓子に表現したものである。晩年を大磯で過した文豪・島崎藤村はこの西行饅頭が好物で、時折ふらりと店にやってきては、上がりかまちに腰掛けてお茶をすすりながら饅頭を頬張ったという。卵と沖縄産(主に波照間産)の黒糖を用いた皮はしっとりとして、口どけのいい漉し餡と共にさらりと舌の上で溶ける。実に上品な味わいだ。

 新杵では添加物は一切使用していないため、賞味期限も長くて2、3日中(大福ならその日のうちに)。上質な素材で丁寧に作るということに加えて、一店舗主義は初代から受け継いできた教えだという。大磯で別荘族を相手に商いをしてきた老舗菓子屋の誇りを見た気がする。

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shinkine-manju.JPG(お菓子の写真をクリックすると大きくなります)

みせ吉
  菓子: ガラスのうさぎ、ガラスのうさぎ最中(各1個110円)他
  住所: 神奈川県中郡二宮町二宮149
  電話: 0463-72-2760
  営業時間: 10:00~19:00
  定休日: 不定休

 JR二宮駅前に、等身大の少女のブロンズ立像がある。少女がその小さな腕の中に大事そうに抱えているのは、半透明のガラスのうさぎ。そう、二宮は、日本中を感動させた戦争体験記『ガラスのうさぎ』の舞台となった町なのだ。

 第二次世界大戦中、当時12歳だった原作者の高木敏子氏は、ふたりの兄を戦地に送り出し、東京大空襲で母や妹を失い、疎開中の二宮では目の前で父が銃弾に倒れるという過酷な運命に見舞われる。彼女にとって唯一残された家族が、かつてガラス工場を営んでいた父が作ってくれたガラスのうさぎだった。

 戦火で溶けて形は歪んでしまったものの、キラキラと輝くガラスのうさぎは、悲しみを乗り越えて健気に生きる少女の姿と重なる。戦争の悲惨さや少女の純粋な心を描いたこの作品は、二度に渡って映画化(アニメーション含む)とテレビドラマ化され、人々の涙を誘った。

 そんな感動の体験記を題材にとった菓子を販売している店が、二宮駅のすぐ近く、東海道沿いにある。明治初期創業というみせ吉だ。実にさりげない店ながら、五代目となる店主が日々、菓子を作っている。「六方焼」や「茶通」など通年ものの茶請けや、柏餅や草餅などの季節の朝生の数々と並んでいる菓子2種が、目指す菓子だ。

 ひとつめは、その名も「ガラスのうさぎ」。白餡を求肥で包み、うさぎの耳の形を焼き付けたものだ。うさぎの身体を覆う氷餅が、ガラスを表現している。求肥は極めて薄く、白餡を存分に楽しむため脇役に徹している。小柄ながら存在感のあるうさぎは、『ガラスのうさぎ』の中のあのうさぎを彷彿とさせる。

 もうひとつは、うずくまったうさぎの格好をした「ガラスのうさぎ最中」だ。こちらは3色あって、茶色のタネ(皮)には粒餡、ピンクには漉し餡、白には白餡が詰めてある。腹の部分には「二宮」の文字が打ち出してある。

 求肥も最中も、昭和56年に作り始めたというから、原作の出版とも最初の映画化ともあまり関係なさそう。しかし、今ではすっかり二宮の名物菓子。原作と共に味わいたい。


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國よし
  料理: 鰻重(3900円~)、白焼き重(4000円)
       蒲焼定食(白焼き、蒲焼付き、8000円)他
  住所: 神奈川県中郡大磯町大磯1085
  電話: 0463-61-0423
  営業時間: 平日 11:30~18:00
          土・日・祝日 11:30~14:30、17:00~19:00)
        ※夏期と夜は要予約
  定休日: 水曜日、第2・4木曜日
  URL: http://www.oiso-kuniyoshi.com

 かつて大磯には、「草分け三軒」と呼ばれた店が3軒あったという。宿場の発展に貢献し、江戸時代の後半から明治の頃には既に老舗と認識されていた店だったのだろう。現代まで生き残ったのはその内の1軒、鰻の國よしのみだ。

 享和3年(1803)に旅籠「國吉屋」として出発した國よしは、江戸時代の宿場地図にも「國吉屋清兵衛」の名で記されている。旅籠から鰻専門店に鞍替えしたのは、今からおよそ100年ほど前。旅籠時代から数えて、現当主で十八代目になるという。古くから、相模川てとれる9月頃の下り鰻は味と香りに優れており、この地方の名物だった。國よしでも旅籠時代から鰻を供していたのだろう。

 残念ながら環境の変化に伴い相模川で天然鰻を入手するのは困難になってしまったため、現在、國よしでは愛知県の産地で育つ特注の鰻を使用している。一般的な養殖鰻と違って薬品などを一切使わず、ストレスの少ない環境で大切に育てられた最高級品だ(天然物よりも、丹念に育てられた養殖物の方が味が良く均一的な質のものが揃う)。

 この特選鰻を清らかな井戸水で打たせて、身が引き締まったところで裂く。鮮度を大切にするため、裂き置きはしない。もちろん、炭は身がふっくらと焼きあがる備長炭だ。タレは、いわゆる継ぎ足し継ぎ足しして濃くなっていくというものではなく、一子相伝で代々その製法が伝えられてきたものだという。べたつきがなく、品の良い味で、鰻本来の味を決して邪魔しない。このすっきりとした関東風の醤油のきいたタレに、鰻の適度な脂がよく馴染んでまろやかな味わいになっている。「秘伝のタレ瓶の中身は一つ。味は二つに分けられぬ」との先祖の教えから、出店はせず、江戸時代と同じ場所で同じ味を保ち続けている。

 大磯という土地柄、政財界の要人や文士も國よしの鰻を好んで食したという。100年ほど前の建築という店の二階の座敷には、東郷元帥の書がかけられている。代々受け継がれてきたという輪島塗の器も目を楽しませてくれる。鰻料理だけでも充分満足だが、國よしの料理のほとんどに付く自家製の豆乳プリンも要注目。どこまでも滑らか、とろとろのプリンに琥珀色のカラメルソースがかけられたもの。やはり、こればかりは別腹である。

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懐石 松月
  料理: 昼…ミニ懐石(3150円~)、天重(2100円)、鰻重(2100円)他
      夜…懐石料理(5250円~)他
      土産…玉子焼(1575円)他
  住所: 神奈川県中郡大磯町大磯871
  電話: 0463-61-0037
  営業時間: 11:30~15:00、17:00~21:00
  定休日: 月曜日(月1回連休あり)

 JR大磯駅のロータリーに面した瀟洒な構えの料亭、松月。「大磯に来たらばここに寄らずしてどこに寄る」と言う人も少なくない、名店中の名店だ。初代の松尾千代吉は、大磯に居を構えた初代内閣総理大臣の伊藤博文公の滄浪閣で総料理長を勤めた人物で、その職を辞した際に公から「松月」の名を拝領し、この地に店を構えた。明治36年(1903)のことである。以来、松月は大磯にゆかりのある名士に愛され続けている。

 現在の建物は創業100周年を記念して数年前に改築したもので、その際に新設したテーブル席なら、予約なしでも席が空いていれば利用することができる。それ以前はというと、純和風家屋の壮大な屋敷で、庶民には敷居が高すぎるくらいだった。今でもその名残はあり、奥座敷や茶室は完全予約制。茶会なども折に触れて行われている。

 「こんなに駅の側にぴったりくっついてある料亭なんて、全国でもうちくらいかもしれませんね(笑)」そう気さくに話すのは、三代目の女将だ。一度訪れた客に同じものを出さないよう、「お顔を拝見する」ことを心がけているという。旬の素材を活かした心づくしの料理を手掛けるのは、三代目のご主人と、金沢の名店・つる幸で修行を積んだ藤永料理長だ(四代目は夭折。四代目の若女将は店で活躍している)。

 今でこそ純和風料理だが、当初は洋食も出していたという松月。「昔をご存知の政治家の先生で、松月のチキンパイが食べたいなんておっしゃる方もいらっしゃいますよ」と大女将。そんな松月の名物は、意外にも、玉子焼。伊藤博文公の大好物だったというその味を、今も受け継いでいる。

 甘口に味付けした卵をごま油で焼き上げたもので、大根おろしが添えられる。表面には焼色がしっかりとつけられているが、中はふんわり柔らかく、だし汁がじゅわっと溢れる。ちょっと甘すぎるかなというくらいだが、それでいてなんだかほっとする優しい味だ。明治維新直後の激動の日本を背負った伊藤公も、こんな優しい味を求めていたのかもしれない。


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汐彩のお宿 大内館
  料理: 昼…季節の篭会席料理「汐彩」(2940円)
 季節の野立会席料理「相模」(4935円)
  宿泊: 13800円(平日1人1泊2食付)~
  住所: 神奈川県中群大磯町大磯1083
  電話: 0463-61-0033 (フリーダイヤル0120-30-4951)
  営業時間: 11:30~14:00(昼膳)
  定休日: なし
  ※席が空いていれば予約なしでも可能。土日祝は要予約。

 明治31年(1898)の時刻表『汽車汽船旅行案内』に「大磯に海水浴場あり。招仙閣、濤龍閣、松林館等巨大なる旅館あり」と記されているように、日本最初の海水浴場ができた大磯には、名士達の豪邸に加えて、遠来の客を迎える大型旅館がいくつもあったようだ。この観光案内もかねた時刻表が発行された年に創業した大内館も、そんな旅館の1軒だ。

 初代は、江戸時代に隣の宿屋で働いていた人物で、明治に入って宿場機能が廃れると、独立して脇本陣跡地であった現在地に自分の旅館を構えた。以来、文士や政治家、素封家が多く利用し、その名を高めていった。

 平成8年にそれまであった古い木造の建物を取壊し、近代的ながら和風の趣を持つ建物に改築した大内館には、取り壊しの際に出てきたという貴重な資料や骨董品が多く残されている。玄関に飾られている「大内館」と書かれた大きな木製看板は、大磯に海水浴場を開いた松本順の書によるもの。座敷には近代日本を代表する大実業家の渋沢栄一の書が掛けられている。また、島崎藤村の手による掛け軸や見事な有田の器、更には本物の広重の浮世絵なども見つかっている。

 そんな大内館も、改装以来、宿泊者以外でも気軽に昼膳を楽しめるスペースが設けられ、一般客も利用がしやすくなった。色とりどりの8種類の料理と食前酒が篭に収められた「汐彩」は、華やかながら価格も手ごろ、女性に人気の会席料理だ。

 大内館の敷地内にある「蔵にて」も、やはり改装後にそれまで物置だった蔵を利用して作られたコーヒー&ティーラウンジ。大正15年(昭和元年)に建てられた蔵は、当時としては最先端の鉄筋コンクリート造り(一部木造)。2階部分を取りはらい、梁を剥き出しにした造りになっている。コーヒーはオーダーごとに挽いてネルドリップ式で淹れる(ブレンド600円~)。自家製レアチーズケーキ(500円)などもお薦めだ。

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真壁豆腐店
  土産: 笹乃つゆ(270円)、寄せ豆腐(300円)、湯葉豆腐(300円)他
  住所: 神奈川県中郡大磯町大磯1267
  電話: 0463-61-0764
  営業時間: 8:30~17:30
  定休日: 日曜日
  URL: http://makabenotofu.jp

 新杵から道路を挟んで斜向かいに、国道一号線から反れる脇道が1本ある。このまま真っ直ぐゆくのが東海道だと言う人もいれば、この細い斜めの道を入るのが東海道だと言う人もいる。いずれにしても、この斜めの道は数100mでまたすぐに国道一号線と合流するのだが。

 さて、問題のこの斜めの道をゆくとする。道が再び国道一号線に出会う少し手前にあるのが、目指す真壁豆腐店。明治39年(1906)の創業以来、別荘族や地元の人々に愛されてきた豆腐屋さんだ。3人も入ればいっぱいとなってしまう狭い店内に入ると、わずかばかりの売り場スペースに豆腐や厚揚げ、湯葉などの商品がぎっしりと並んでいる。高い天井には、店の幅いっぱいに設えられた神棚。店の奥ではいろいろな種類の豆腐が作られて、パッキングされている。中心になって豆腐を作っているのは、三代目の真壁兼太郎さんと、後継ぎの大三さんだ。

 どの豆腐を頂いていこうか迷っていると、三代目の女将さんが説明してくれた。「うちの看板商品はこの笹乃つゆ。本にがりで作ってあるから、甘味があっておいしいですよ。精製されたにがりではこの味は出ません」

 すると、後から入ってきた常連らしいご婦人のお客さんも、「私はここの木綿のファンなんですよ。うちのおばあちゃんは寄せ豆腐派。でも、笹乃つゆは誰が食べてもおいしいって言いますわね」
なるほど。

 笹乃つゆは滑らかで、その名の通り笹の葉に下りた露を連想させるしっとりとした味わい。コクもしっかりある。寄せ豆腐も絹ごしの笹乃つゆ同様、本にがりを使用している。豆腐がまだ熱いうちに掬い取って、少し熱が冷めてから封をして、冷却用の水槽に浮かべる。通常は固まった豆腐を丸ごと水につけて冷し、更にパックの中も水で満たした状態で封をするが、寄せ豆腐はその保存用の水がパックに入っていないため、味落ちがなく、豆腐の旨みがそのまま詰まっている。甘味と同時に、自然な苦味も若干残っている。このご婦人のうちのおばあさんは、真壁の寄せ豆腐は昔ながらの味がすると言って贔屓にしているのだとか。

 そんな話を聞いてしまっては、定番の笹乃つゆも寄せ豆腐も頂きたくなってくる。そこで更に追い討ちをかけるように、店員の女性が「こちらの湯葉豆腐もクリーミーでおいしいですよ。豆腐でも湯葉でもない、またちょっと違った食感と味なんです」と。

 結局、迷いに迷った挙句、笹乃つゆと寄せ豆腐、湯葉豆腐の3種に決めた。更に、傍らでこっちをじっと見つめていたおからドーナツ(1個65円)と、前のお客さんが買っていったおから(30円~)まで買ってしまった。まんまとお店の方と地元の方の共同作戦に乗ってしまった感があるが、後でうちで頂いた際には、「騙されて」良かったと実感。地元の人たちにこの豆腐店が愛されてきた所以を知ったのだった。

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井上蒲鉾店
  土産: 蒲鉾(1本1000円)、はんぺん(1枚250円)、さつま揚げ(1枚60円)他
  住所: 神奈川県中郡大磯町大磯1306
  電話: 0463-61-0131
  営業時間: 8:30~17:00
  定休日: 水曜日・月2回火曜日
  URL: http://oiso-inoue.hp.infoseek.co.jp

 平成17年にリニューアル」したばかりの真新しい店舗に足を踏み入れると、そこには美しいガラス張りのショーケース。中には、真っ白な蒲鉾とはんぺん、そして小判型のさつま揚げが行儀良く並んでいる。明治11年(1878)の創業以来、昔と変わらぬ職人の手作業で作られる井上蒲鉾の商品は、蒲鉾、はんぺん、さつま揚げの3点のみ。「当たり前のことを当たり前にこなす」という理念が、量産を許さない。工場も販売所も他にはなく、ここでしか買えない練り物だ。かの吉田茂も足しげく通って求めたという。

 高級魚の白グチ(イシモチ)を1尾ずつ下ろし、その身を寸胴に入れて井戸水で晒し、袋に移して絞る。柔らかくなった身は更に石臼で摺り、少量ずつ塩を加えて練り上げて蒸す。井上蒲鉾の蒲鉾は、とにかく手間と暇がかかるのだ。

 はんぺんは1枚1枚、木型にはめて蒸し上げる。つなぎを一切使わない。通常のはんぺんよりも弾力があり、むちむちとした歯ごたえ。すり身を手で木型にとるため繊維の方向が揃い、独特の食感になるのだという。強めに塩が効いているので、味付けしないでそのまま頂くのがお薦め。グチとタラのすり身に人参を加えて揚げた人気のさつま揚げは午前中に売り切れてしまうこともあるので、予約しておくとよい。

※注:鎌倉由比ヶ浜の井上蒲鉾店はこの店の分家です。

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ヤマニ醤油
  土産: 湘南育ち 紫しょうゆ 丸大豆(1L950円)他
  住所: 神奈川県中郡二宮町山西838
  電話: 0463-73-0380
  営業時間: 8:00~17:00
  定休日: 日曜日・祝日
       ※定休日でも事務所の呼び鈴を押して在宅中であれば対応可能とのこと。

 大磯の宿から小田原に向かって国道一号線沿いに歩を進めると、その昔「長寿の里」として知られた二宮に着く。旧東海道は、吾妻神社入口の交差点で斜め右に入り、一旦国道を離れる。旧道に入って200mほどもゆくと、道の左手に「醤油蔵元」の大きな看板が見えてくる。今では二宮で唯一の醤油醸造元となったヤマニ醤油だ。

 ヤマニ醤油の創業は天保13年(1842)、当代で四代目を数える。明治創業でも四代目や五代目という店も少なくないが、末期とはいえ江戸時代から続く店としては、四代目というのは意外な気がする。「よく一代二十五年なんて言いますが、うちはきっと、先祖代々長生きだったのでしょうね(笑)」と、ヤマニ醤油のご主人。やはり、二宮は長寿の里なのだろう。ちなみに、ご先祖はこの地で代々庄屋を務めてきた家柄だという。

 原材料は大豆と麦、塩だけ。昔ながらの木桶で熟成させた手作りの濃い口醤油だ。市販の量産品と比較しても、その差は歴然。添加物を加えた一般的な醤油はクセのある甘味がついているが、ヤマニの丸大豆醤油はキリっとしまりのある味がする。

 他にも近年になって新しく作られた「手造り刺身しょうゆ(600円)」「湘南美人昆布しょうゆ(550円)」「手造りぽん酢(600円)」などがある。事務所の一角が販売所になっているが、地方配送も可能。また、予約すれば内部を見学することもできる。

 新杵では添加物は一切使用していないため、賞味期限も長くて2、3日中(大福ならその日のうちに)。上質な素材で丁寧に作るということに加えて、一店舗主義は初代から受け継いできた教えだという。大磯で別荘族を相手に商いをしてきた老舗菓子屋の誇りを見た気がする。

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