和菓子街道 東海道 藤沢

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四つの道が交わる門前町、藤沢

 戸塚宿を出てからしばらくお付き合いしてきた国道一号線とは、鉄砲宿でしばしお別れ。鉄砲宿は、手前の影取町の池に潜んでいた大蛇を鉄砲で討ち取った猟師がこの地に住みついたことからその名がつけられたという。そんな謂れのある地から、わずかながら街道松の残る道場坂(遊行坂)を一気に下ってゆくと、右手に現れるのが遊行寺だ。

 正式には藤沢山無量光院清浄光寺。時宗の総本山で、宗祖の一遍上人が諸国を遊行して踊り念仏を説いたことから通称遊行寺と呼ばれるようになった。庶民の信仰を集めた寺で、上杉禅秀の乱で倒れた武士を弔う敵身方供養塔(応永33/1426年築)や小栗判官・照手姫の墓、国定忠治の子分・板割の浅太郎の墓などがあることで知られている。広重の絵に堂々と描かれている黒鳥居も同寺のものだ。藤沢は古くから、この遊行寺の門前町として栄えた街である。

 遊行寺から少し先、境川を渡る直前に左折する道は鎌倉の長谷へ通じる鎌倉道。これに対し、旧東海道をそのまま進み、赤い遊行寺橋で境川を渡ったところで左折する道が江の島道だ。この辺りからが宿場の入り口となる。鎌倉道や江の島道が通っていたことに加え、宿の西の外れには大山参りの分岐点もあり、門前町の藤沢は大変な賑わいだったことが伺える。

 今もところどころに古びた木造家や蔵が残る本町を通り過ぎ、白旗の交差点に差し掛かったところで少し脱線。交差点を右折すると、その先に大きな杜が見えてくる。源義経を祀った白旗神社だ。奥州で自害した義経と弁慶の首は鎌倉に運ばれるも、その夜のうちにこの地までふたりの首が飛んできたため(境川を遡ってきたとの説も)、村人が塚を作って埋めたという縁起が伝わる神社で、近くには義経の首塚や首洗井もある。

 旧東海道に戻ってまもなく、小田急線の線路を越えると藤沢の宿も終わりとなり、道はやがてしばらくぶりで一号線と合流する。その少し手前、引地川を渡った先の上り坂の途中には、おしゃれ地蔵なるちょっと変わったお地蔵さんが建っている。

 天明8年(1778)に建立された双体道祖神で、顔には白くお化粧が。男に恨みでもあるのか、女性限定でどんな願い事でも叶えてくれるらしく、満願すればおしろいを塗ってお礼をすることになっている。車が多く行き交い、歩行者も少ないこの辺り。それでもお地蔵さんが常におめかししているのは、今でもそのご利益衰えず、また願掛けした女性たちもきちんと約束を守っている、ということか。

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その他のおいしい立ち寄り情報

豊島屋本店
  菓子:松露羊羹(黒・白各1本735円~)他
  住所:神奈川県藤沢市本町1-3-28
  電話:0466-22-2046
  営業時間:10:00~18:00
  定休日:火曜日

 旧東海道沿い、本町郵便局の手前にこじんまりとした和菓子屋が佇んでいる。緑の暖簾に染め抜かれた白い文字は「豊島屋」。この辺りで豊島屋というと、鎌倉の鳩サブレーがすぐに頭に浮かぶが、この藤沢の豊島屋は、鳩サブレーの豊島屋よりもずっと古くからここで和菓子屋を営んできた店である。

 砂糖問屋だった本家から、初代の善助が分家して和菓子屋の豊島屋を開いたのは嘉永2年(1849)、江戸時代も終わりに近づいてきた頃のことである。藤沢宿の蒔田本陣に宿をとる大名の中でも、「赤門さま」とか「南門さま」と呼ばれていたとある殿様は、ことのほか甘いものをお好みで、本陣に泊まるたびに「本町の善助を呼べ」と命じていたという。善助はお呼びがかかると、手製の菓子を携えて本陣に上がった。善助が本陣に届けた菓子の中でも、特に「浜防風」の評判は高く、国元への土産に求めて帰る大名も少なくなかった。

 浜防風とは、湘南一帯の砂地に生える特殊な香りのするセリ科の植物のこと。これを砂糖漬けにしたのが善助考案の菓子・浜防風だ。馥郁とした香りやしゃきっとした歯ごたえを残したこの菓子は、今でも豊島屋の名物菓子として茶人に人気を呼んでいる(通常は販売しておらず、注文に応じて作ってもらえる)。

 しかし、この浜防風以上に豊島屋の名を有名にしたのは、四代目の喜助が創作した世にも珍しい「松露羊羹」である。松露羊羹は、大正3年(1914)の大正博覧会や大正11年(1922)の平和博覧会などで金牌を獲得。葉山の御用邸にも献上された銘菓として、今も人気が高い。

 松露とは、主に海辺の松林に自生するきのこの一種。笠も軸もなく、ころころとした団子状のつぶらな姿が、松の根元に光る朝露を思わせることからこの風雅な名がつけられた。サクサクとした歯ごたえと松葉のような微かな薫りで、江戸時代から高級食材とされてきた松露は、かの美食家・北大路魯山人の好物でもあった。現在では松茸やトリュフ(=西洋松露)以上に希少価値があるという。

 この松露を用いているのが、豊島屋の松露羊羹である。松露を模った干菓子やあんこ玉、饅頭などはよくあるが、実際に松露を練りこんだものは極めて珍しい。松露入りとはいっても、もちろん生きのこが入っているわけでも、栗羊羹のように大きな粒のままの松露が入っているわけでもない。さっと茹で、甘露煮のように蜜で煮詰めた松露を細かく刻んで、本練羊羹に混ぜ込んであるのだ。

 元々は江の島の片瀬の浜の松の根元に自生していた松露を使っていたが、今では地元での入手が困難になり、国内の別の産地から取り寄せたものを使用している。大変希少ゆえ、どこから取り寄せているかは内緒なのだそう。昔はふんだんに松露を練りこんでいたが、今では羊羹に入れる割合も減らさざるを得なくなっている。

 「元々、松露というきのこは味も香りもごくわずか。むしろその風雅を味わうものです。この松露羊羹も、特に松露の味が顕著なわけではありませんが、松露をお召し上がりになったことのある方には、懐かしく味わって頂いております」とは、女将さんの談。

 煮詰めた松露を見せて頂いたところ、確かに甘く煮詰めたためにつややかに光っているものの、香りは特に感じられなかった。松露が貴重であることと、職人によって手間隙かけて作られるため羊羹の生産量も少ないことから(一部デパートにても販売しているが)、女将さんとしては正直なところあまり大々的に宣伝したくはないらしい。松露羊羹は今となっては「風流を解する人」のみのお楽しみ、といったところか。

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toshimaya-yokan.JPG(お菓子の写真はクリックすると大きくなります)

藤長製パン
  菓子: 酒まんじゅう(1個85円)、草もち(小6個入320円)
       藤長カステラ(1本1050円)他
  住所: 神奈川県藤沢市藤沢3-2-1
  電話: 0466-27-3711
  営業時間: 6:00~18:00
  定休日: 日曜日

 白旗交差点で旧東海道を右に折れ、白旗神社を目指して道を行くと、交差点から数10メートルほどのところに藤長という店がある。レンガ風の外壁や、菓子パンや惣菜パンと共に洋菓子に和菓子などが並べられた店内からは、ここが地域密着型のごく普通のパン屋さんであることが分かる。しかし、何を隠そう、この店の創業は安政元年(1854)。ペリーが巷を騒がせていた頃から商いをしている店なのだ。

 藤沢は山王にて初代亀次郎が松葉屋という屋号で開業。酒饅頭などを売る菓子屋だったが、明治になると菓子に加えて料理の仕出しなどもするようになった。現在地に越してきたのは大正5年(1916)のこと。その後、洋菓子やパンの製造も手がけるようになり、昭和16年(1941)には店名を藤長と改めた。学校給食のパンも卸しているので、藤沢に育った人の多くにとって、ここのパンは馴染みのある味だろう。

 長崎カステラは人気が高くファンも多いというが、今回は、藤長のルーツとも言える酒まんじゅうをはじめとする常用和菓子をいくつか試してみた。酒まんじゅうは、甘酒を固形にしたのかと思うほど酒元の香り高く、しっかりとした甘さの漉し餡と共に香りも大いに主張をしている一品。餡なしの草もちはとろんと柔らかで、さっぱりとしている。きな粉をまぶして頂くと、風味は一層豊かになる。

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fujicho-sweets.JPG(お菓子の写真はクリックすると大きくなります)