和菓子街道 東海道 戸塚

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江戸から十里、道中最初のお宿は戸塚の宿で

 JR東戸塚駅周辺のマンション群を背に進むと、やがて旧道は国道一号線と合流する。途中、柏尾町には茅葺屋根の益田家があり、庭のモチの大木が高く、広く枝を広げて、道に大きな影を作っている。その先の三叉路では国道一号線と一時別れて、左の道をゆく。不動坂と呼ばれるこの辺りは昔の道幅のままで、しばし、国道の喧騒を忘れさせてくれる静けさがある。

 しばらくゆくと右手に赤レンガの倉庫と、黒い腰板のついた土塀に囲まれた豪壮な屋敷が見えてくるが、ここがご存知「鎌倉ハム」誕生の地だ。明治7年(1874)にイギリス人のウィリアム・カーティスがハム製造を始め、彼からハム作りを教わった斉藤角次が、この地で日本人として初めてハムを作ったと言われる。

 脇道のような旧道を抜けると、再び国道一号線に出て、このまま戸塚宿へと入っていく。戸塚で最初に出会うのが江戸方見附跡で、ファミリーレストランの前に石碑が建てられている。江戸中期の戸塚宿の長さは32町25間(約3.5キロ)もあり、かつての宿場町の中心である現在のJR戸塚駅周辺はもう少し先だ。

 かまくら道、八王子道との分岐に当たる吉田大橋は、茶店兼旅篭屋の「こめや」と共に広重の絵にも描かれた戸塚のシンボルだ。柏尾川にかけられたこの橋を渡ってしばらくゆくと、ようやく戸塚駅前に出る。

 駅前のJRの踏み切りは開かずの踏み切りとして有名で、むしろ現代の戸塚名物はこちらかもしれない。旧東海道とは別に、国道一号線の不動坂交差点から戸塚宿の西のはずれの大坂の上までのバイパス道路を通称「ワンマン道路」と呼ぶが、この踏み切りのお陰でこの道路ができたという話は有名だ。

 昭和28年、大磯にあった屋敷と東京とを行き来していた当時の「ワンマン宰相」こと吉田茂首相は、毎度毎度イライラさせられる戸塚の大踏切を避けるためにこのバイパス道路を建設した。ちなみに、戸塚宿内の吉田屋(戸塚区戸塚町3960、電話045-881-0138)では、この道路の名を冠した「ワンマン道最中」を販売。現在の戸塚宿土産として人気が高い。

 そんな名物踏み切りも、近い将来、線路が高架に架け替えられ、姿を消すことになる。その際には、戸塚宿の名残を見せる商店街も大きく様変わりしそうだ。その動きは既に始まっている。永禄3年(1560)の頃からのこ地に住み、旅籠兼質屋などを営んでいた丁子屋は、十八代続く老舗で、四代前から蕎麦屋を兼ねた旅館だったが、数年前に閉店している。

 しかし、まだまだ頑張っている老舗もある。商店街の入口近く、街道に面して、黒い蔵が建っているが、これは安政6年(1859)創業の元醤油醸造業兼旅籠の松本屋がかつて醤油の醸造に使った蔵だ。松本屋は現在は酒屋として、駅側に面して店を開いている(蔵はその敷地内にある)。また、茶碗屋という名の呉服店は、江戸時代には瀬戸物屋兼旅籠を営んでいた店で、現在14代目だ(呉服店は明治2年から)。

 旅籠も兼ねていた店が多かったようだが、江戸中期以降、戸塚は旅籠数75軒を擁した大きな宿場町だった。江戸からは丁度、十里(約40キロ)の距離。距離的にも1日の行程を終える頃合だったし、山から下ってきて、再び山にさしかかるという地理的条件もあって、旅人はこの戸塚宿で最初の宿をとるのが常だった。

 さて、先へ進もう。内田本陣跡、戸塚の名の由来となった冨塚八幡宮(十塚)を過ぎると、やがて宿場の終わりである上方見附跡に到る。江戸方見附同様、なぜかここもファミリーレストランになっている。ここから先は大坂と呼ばれる坂道だ。殺風景な車道沿いを行くことになるが、途中、庚申塔や馬頭観音などがいくつかあり、かろうじて昔の趣を残している。大坂を上りきると、前述の「ワンマン道路」とぶつかる。次なる藤沢宿の手前まで、この道と共にゆくことになる。

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oneman-monaka.JPGタイヤ模様の吉田屋の「ワンマン道最中」(小豆餡・白餡各140円)。「とつかとうふ」(柚子餡・黒胡麻餡各130円)も人気。 (お菓子の写真はクリックすると大きくなります)

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その他のおいしい立ち寄り情報

中屋菓子舗
  菓子: 焼き団子(1本60円)、上用饅頭(1個120円)、柚子饅頭(1個100円)、鹿の子(1個110円)他
  住所: 神奈川県横浜市戸塚区吉田町32
  電話: 045-881-0693
  営業時間: 9:30頃~18:30頃
  定休日: 日曜日

 戸塚宿の街道沿いにある中屋は、嘉永2年(1849)創業の老舗和菓子屋だ。中屋という店名は、初代が修行した横浜の菓子屋からの暖簾分けとしてもらったものだ。現当主の星野靖さんで五代目を数えるが、家柄としてはもっと古く、過去帳では十五代ほどまで遡ることができるという。

 「菓子屋になる前は農家だったようですが、この辺りでは古い(家柄)らしいですよ」
そう話してくれたのは、五代目の女将さんだ。その古さを示す文物はほとんど何も残っていないが、星野家の墓地は他家のものより面積が広く、墓石の数も多いという。庄屋ではなかったというが、それでも比較的大きな農家だったのではないだろうか。

 菓子屋を開業した頃の中屋は、団子や饅頭を主に売っていたようだ。茶店形式で、旅人も店先に腰を下ろして団子を食べたのだという。今でも中屋の焼き団子は評判が良く、午前中には売り切れてしまうこともしばしば。キメの細かい柔らかな団子は、軽く焼き目がつく程度に焙ってあり、とろんとした甘辛のタレが絡めてある。

 「団子も人気ですが、うちで一番おいしいのはこれ」
そう女将さんが勧めてくれたのは、上用饅頭だ。山芋でふっくらと膨らませた饅頭は、雪のように真っ白な肌が美しい。むちっとした皮もおいしいが、何より、餡が決め手だろう。女将さんが「ご馳走あんこ」と誇るその餡は、皮を剥いた小豆を炊き上げたもの。小豆の皮独特のかすかな渋みはなく、さらっとした口どけの良い餡に仕上がっている。地味ながら、丁寧な仕事を施しているのが分かるというものだ。

 ところで、気になるのは線路の架け替えによるこの辺りの区画整理のこと。中屋はどうなってしまうのか。女将さんによると、店の場所は今より3軒ほど駅側に移動させる予定だという。道路工事中の営業をどうするかなど、まだ詳しいことは決まっていないようだが、少なくとも中屋がなくなってしまうことはなさそうだ。第一、中屋には未来の六代目がいる。現在は製菓学校に通っているそうで、頼もしい限りだ。

※追記※(2007年05月29日)
戸塚駅周辺の区画整理がいよいよ始まった。中屋さんはどうしているかと、問い合わせてみたところ、3、4年間、道路工事をしている間は同じ場所で営業しているとのこと。道路が完成した後には、今より数軒分、駅よりの場所に店を移す予定があるそう。

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nakaya-kanoko.JPG(お菓子の写真はクリックすると大きくなります)