和菓子街道 伊勢街道 伊勢外宮

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食物を司る豊受大御神の坐す外宮へ

 江戸から来ても、大坂から来ても、伊勢に入るには必ず渡らなければならなかったのが宮川。20年に一度の遷宮の時は舟橋がかけられたものの、常には橋がなく、昼夜を分かたず舟で旅人を渡していたという。川の両岸に桜並木が続いていたことから、桜の渡しとも呼ばれていた。現在はもちろん、宮川橋を渡る。

 ところで、明治初年までは、この宮川河畔の参宮街道沿いで餅を食べさせる店があった。現在では二見の方に店を移している御福餅で、宮川時代も含む創業は200年ほどという。宮川に度会橋が架けられ、客の流れが変わってしまったため商いが立ちゆかなくなり、明治の始め頃に現在地に移転したと聞く。

 餡を被せた餅つけた「御福餅」がいつ頃から作られていたのかは定かではないが、餡を指で押さえてつけた筋は、「二見ケ浦に打ち寄せる波を表している」らしい。店と餅の名前の由来は、内宮の御祭神・天照坐皇大御神が天岩屋戸にお籠りになられた際、天宇受賣命が舞を舞ったことによって再び世に光がさし、福が訪れたという神話によるものだとか。

 さて、その宮川を渡ってからは、しばらくJR参宮線に沿って歩く。筋向橋と呼ばれるところで、熊野街道と合流。江戸時代、江戸から伊勢までの距離は、日本橋から筋向橋までの距離を測ったという。筋向橋のたもとには接待所があり、おかげ参りの参拝者はここで新しいわらじに履き替えた(左の図会参照)。現在は暗渠になっており橋はないが、嘉永2年(1849)に造られた欄干のみが残されている。

 ここから外宮までは、あとほんの一息。広い車道の道を行くと、街道右手に徳川将軍家の祈祷所も務めたほどの格式ある御師・福島みさき太夫の邸宅跡がある。御師とは、各地に赴いて布教活動をしたり、参詣者の宿泊などを世話する「御祈祷師」のことで、江戸時代の神宮の御師の活躍は特に知られている。

 今でこそ誰でも神宮に参詣することができるが、昔は「私幣禁断」といい、天皇家の祖神である天照大御神を祀る伊勢神宮を天皇、皇后、皇太子以外が祀ることは堅く禁じられていた。庶民が神宮にお神楽などを奉納することなどもってのほか。そこで庶民は、御師の邸宅で大々神楽の奉納をすることによって、神宮への奉納の代わりとした。

 奉納が無事済むと、本膳から四の膳までの饗膳で祝いの宴が行われた。鶴の羽根を竹につけたものを刺した各膳の他にも、鳥肉や鯛の尾頭付きなど六品ほどが出され、干菓子「二見浦」も一箱添えられたという。こういったもてなしで参詣者を接待する、いわば下級神職(祈祷師)兼旅行代理店兼旅館兼観光案内の役割を果たすことによって財を蓄えたのが御師である。最盛期には600軒以上もの御師がいたといわれるが、明治以降は急速に衰退するに到った。

 太夫邸跡の斜向かいには、小西万金丹薬舗。延宝4年(1676)創業の丸薬の大店で、大きな薬箱や立派な衝立が展示されている。万金丹は伊勢名物のひとつで、大和大掾の称号も賜ったこの小西家の他にも、因幡少掾・野間家、小林家など、複数の家が万金丹を作って売っていたようだ。

 万金丹からほどなくすると、外宮の杜が見えてくる。お膝元の山田の町々では、宝永2年(1705)頃のおかげ参りの時にはいくつもの仮小屋を建て、赤飯粥や餅、茶などの施行を参詣者に施したという記録が残されている。

 外宮の正式名は豊受大神宮。内宮の天照大御神の御神託により、丹波国から等由気大神を伊勢に迎え、大御神の食事を整える豊受大御神として祀ったことに始まる。旅人はまず外宮に参拝してから内宮に向かうのが慣わしだった。外宮は実質的に旅の終わり。外宮の北御門で、それまで旅の共として携えてきた柄杓を捨てるのが習わしだった(左の図会参照)。

 外宮から内宮までは、残すところ5キロあまりだ。

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その他のおいしい立ち寄り情報

おく文
  宿泊: 1泊2食付き(1名)8400円~
       チェックイン16:00、チェックアウト10:00
  料理: 会席料理(昼食3150円~、夕食5250円~)、うな重(孝行鰻)中・1100円~
  住所: 三重県伊勢市宮町1-9-49
  電話: 0596-28-2231
  URL: http://www.okubun.jp/

 伊勢街道を歩くよりずっと以前、神宮での終い詣でと初詣を兼ねて年末年始に伊勢に滞在したことがあった。その時、宿泊したのがおく文だった。

 おく文の創業は江戸末期に遡る。初代の奥田文三郎は、天保6年(1835)、現在の伊勢市駅の裏手の宮後町に奥田文左衛門の三男として生まれた。幼くして両親に先立たれ、一家離散となった文三郎は、近所の左官屋に引き取られて、左官見習いとなった。名も弥吉と改めて仕事に励んだが、生計の足しにと鰻の蒲焼を作ってうる内職を始めた。職人が多い町だったせいか、伊勢では昔から鰻が盛んに食べられていたようで、そういった背景もあったのだろう。

 働き者の文三郎は、左官の仕事を手伝いながら、夜は遅くまで翌日の商いの準備をし、雨の日も風の日も重箱につめた鰻の蒲焼を売り歩いた。帰宅すると、養父母に市中で聞いてきた話などを語っては聞かせ、喜ばせていた。そんな弥吉の孝行ぶりは評判となり、弥吉の売る鰻はいつしか「孝行鰻」と呼ばれるようになった。この噂を聞きつけた山田の奉行は感心し、弥吉に銅五貫の褒美を与えた。

 その後、明治21年に弥吉が54歳で亡くなると、鰻屋を継いだ息子の文吉が弥吉の生家奥田家を再興させて、現在地の宮町に割烹旅館「奥文楼」を開いた。これが、現在まで続くおく文の原型だ。ちなみに、外宮前にある伊勢でも屈指の人気を誇る鰻料理屋「喜多や」は、奥文楼で修業した職人が、昭和4年に開いた店である。

 割烹料亭としても利用できるおく文では、今でもうな重「孝行鰻」を頂くことができる。欲張りな筆者は、宿泊の際におく文の名物膳「伊勢楽市膳」の夕食にしてもらったが、伝統ある「孝行鰻」も頂きたくて、こちらも料理に加えてもらった。

 「伊勢楽市膳」は、伊勢海老マヨネーズ焼きやさざえつぼ焼き、さめのたれ、伊勢うどん、伊勢志摩もずく、伊勢たくあんなど、伊勢名物尽くし。こんがり、ぱりっと香ばしく焼いた「孝行鰻」は、すっきりとした醤油のからみが鰻の脂の旨みを引き立てている。伊勢醤油を使っているのか、香りもよく、さっぱりとした風味の蒲焼に仕上がっている。親孝行というのは、こういう滋味深い味なのだろうと思う。

 大晦日の夜、暖かいもてなしに手の込んだ会席料理を頂いて、さて、神宮へ参ろうかという時、女将さんが「はい」といって丸い金網とトング状の火箸をくださった。伊勢では、大晦日から元日の朝にかけて神宮境内で焚かれる篝火に、神宮で授与されるお下がりの年越餅をかざして焼いて食べると、その1年は無病息災だといわれている。それで、おく文では、大晦日の宿泊客には、神宮の年越餅を焼くための金網と火箸をプレゼントしているのだそう。なんとも、気が効いている。

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伊勢 戸田家料唵
  宿泊: 1泊2食付き(2名予約の1名分)2万6250円~
       チェックイン15:00、チェックアウト10:00
  料亭: ひさご弁当(昼食)1890円、四季の五十鈴川4620円、伊勢三昧6300円ほか
       11:00~15:00、17:00~22:00
  住所: 三重県伊勢市大世古1-1-20
  電話: 0596-28-4855
  URL: http://www.ryoan.co.jp/

 参宮街道沿いに瀟洒な店を構える戸田家。江戸末期、おかげ参りが大流行した天保元年(1830)に、初代菅右衛門宇治が遊郭や旅館のの連なる古市で開業した割烹料理屋が前身の老舗料理旅館だ。鉄道の開通を見越したのか、明治初年には現在地に移転して旅館として再出発した。以降、伊藤博文や東条英機をはじめ、名だたる政治家、軍人などをもてなしてきた。平成6年には昼食も頂くことができる料亭も併設。「戸田家料唵」としてリニューアルした。現当主で7代目を数える。

 いかにも敷居の高そうな外観に不安になりながら、お出迎えを受けて店内に足を運ぶ。玄関に掲げられている「翠光入玉簾」の文字は、伊藤博文の筆によるものだそう。通された個室からは、蹲のある坪庭が見える。こうした雅な雰囲気も料理のうちだ。

 運ばれてきた料理「四季の五十鈴川」は、数々のお口取りを納めた五十鈴箱と呼ばれる陶器の箱が主人公の会席料理。お造り、焼き物、炊き合わせ、揚げ物など、いずれもひとひねりをきかせつつ、かつ正統で上品な味わいの料理ばかりだが、やはり楽しいのは五十鈴箱だ。蓋には、内宮前の五十鈴川にかかる宇治橋で、厄除けで銭を投げる参宮者と、橋下で竿の先の網を振り回して銭を取る人々の姿を描いた『伊勢参宮名所図会』の一場面が描かれている。この銭拾いの光景は、江戸時代の伊勢名物のひとつになっていた。舌で、目で伊勢を感じる戸田家の料理だ。

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その他の外宮グルメ

虎屋の「ういろ」
住所: 三重県伊勢市宮後2-2-8
電話: 0596-23-5005
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野むらの「みつだんご」
住所: 三重県伊勢市吹上2-4-12
電話: 0596-28-4077
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※この他、河崎、二軒茶屋、二見などの老舗は別の街道筋の菓子として今後紹介予定。