和菓子街道 伊勢街道 神戸

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伊勢街道最初の宿場町・神戸宿

 道の両脇に、堅固な石垣が聳えている。四日市の日永追分から出発した伊勢街道の最初の宿場町、神戸への入口となる見附跡だ。いかめしい面構えは、昔から変わっていないのだろう。そしてこの石垣に挟まれた道幅も、昔のまま。石垣をよく観察してみると、木戸を支えていた溝の跡も残っていることが分る。

 見附跡から神戸宿に入ってすぐのところにある「加美(かみ)亭」は、今も旅館業を続けている旅籠だ。250年ほど前に建てられた建物を幾度か改修してきたが、黒光りする柱や階段は、今も毎日女将さんが丁寧に磨いている。中庭には、キリシタン灯籠も置かれているという。このような旧旅籠や商家の古めかしい建物が、細い道の両脇にところどころ残る町並みが続く。

 ちなみに、宿場町になる以前の神戸は、城下町であった。亀山城主関盛政の長男盛澄を祖とする神戸氏の七代目・利盛が弘治年間(1555~58)に築城した神戸城は、今では公園として整備されており、石垣にのみ往時のその姿を留めている。

 伊勢街道に沿うように伸びる神戸の町をしばらく進むと、六郷川にかかる大橋に差し掛かる。随分小さな大橋である。かつてこの辺りは、神戸藩士の水泳練習場だったらしいが、今は子供も溺れないくらい水量の少ない小さな流れがあるのみだ。

 川を渡って程なくすると、街道は直角に左折し、札の辻として名の残っている高札場跡に出る。角には、築150年ほどの現役旅籠「油伊(あぶい)旅館」。ここには、明治時代になって建てられた道標がある。またこの近くには、『東海道中膝栗毛』の中で「安穏に火よけ地蔵の守るらん 夏のあつさも冬の神戸も」と詠まれた宝珠山地蔵院がある。もっとも、弥次さん喜多さんの当時は、お堂は今とは違って道の東側にあったようだが。

 神戸宿の中心だったと思われる地点に立つ。旅籠も兼ねた本陣跡があるはずだが、見当たらない。この辺りはかなり区画整理が進んでおり、道も広く、両脇の店なども新しく生まれ変わっている。するすると町を通り過ぎ、丁子路を左(南東)に折れると、この地の名物「立石餅」を江戸時代から売っている「あま新」がある。

 この先、街道から少し離れた小さな公園内に移された元禄2年(1699)建立の道標(「右いなふ道」「左志ろこ道」)と、嘉永2年(1849)建立、明治期の洪水で倒れて竿部分だけとなった常夜灯、「寛治元年(1087)」「鎌倉権五郎之塚」と刻まれた円柱などを見物する。

 鎌倉権五郎こと平景正は、後三年の役(1083~87)の折に清原武衡の部下・鳥海弥三郎に眼を射られるも、自らその矢を抜いて戦ったと伝えられる剛勇。「しばらく、しばらく~」の科白でお馴染みの歌舞伎十八番『暫』の主人公としてもよく知られている。その鎌倉権五郎の塚が、なぜここにあるのかは不明である。

 更に街道を行く。所々で、山ノ神に出会う。ほとんど字の読めない状態の道標を道端に確認しながら、更に進む。田圃の中を走る道だ。23号線を渡った後には、文化4年(1807)に建てられた自然石の丸っこい道標、元治2年(1865)の矢印付き道標、更に明治2年(1869)の道標が、それぞれ行く道を教えてくれる。

 東玉垣町を行く街道は、どこまでも真っ直ぐ。時折見かける山ノ神に慰められつつ道を行く。フジクラの大きな工場横を通って更に南下し、近鉄名古屋線の線路を跨ぐと、ようやく次なる宿場町・白子へと至る。

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 ・あま新 「立石餅」

     神戸名物の長餅、由来の道標は今いずこ? → click!

 ・近江屋製菓舗 「寝しゃかまんじゅう」他

     城下町の老舗菓子屋と「神戸の寝釈迦」 → click!

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その他のおいしい立ち寄り情報

丸川菓子舗
  菓子: いちご大福、わらび餅(各1個178円)、すずなり餅(1個168円)、上生菓子(各1個157円)他
  住所: 三重県鈴鹿市神戸2-10-50
  電話: 0593-82-0037
  営業時間: 8:30~19:30
  定休日: 毎月8日、18日、28日

  2007年06月、神戸の町の中心部、かつて旅籠がひしめき合っていた伊勢街道沿いにオープンした商業施設「ベルコモンズ」。カフェやスーパーなどと軒を並べて、老舗と呼べる和菓子屋が1軒、営業をしている。創業年は定かではないが、丸川菓子舗が暖簾を上げたのは江戸末期から明治初期の頃と伝えられている。大正時代には、時の天皇の伊勢行幸の際に、神戸の名店として「みず穂」という菓子(羊羹か)を献上する栄誉を賜っている。

 元は、旅館あぶいのある角で伊勢街道と別れる道に店を構えていたが、ベルコモンズの開業に併せて移転してきた。といっても、旧店舗は伊勢街道の裏手に当たり、番地もほとんど変わりがない。移転を決意田した五代目当主・倉田さんは、銘菓「烏羽玉」で有名な京都四条の亀屋吉長で修行を研鑽した若き菓子職人だ。

 城下町の名残か、菓子屋の多い神戸にあって、丸川はどちらかというと上生菓子や薯蕷饅頭など格の高い菓子を中心に製してきた菓子屋だ。は伝統を守りつつも斬新な菓子作りに取り組んでいる数少ない店だ。

 「丸川としての菓子のあり方というものを特に意識してはいません。昔から皆さんがお好みのものも作りますし、新しいものにも挑戦しています。日本料理のように、素材の良さを出来る限り引き出したいですね」(倉田さん)

 倉田さんの代で登場した丸川の新名物の代表格はというと、苺の季節のみに登場する「いちご大福」。一口頂いただけで、実に手が込んでいることはすぐに分かる。滑らかな求肥はとろんと舌を撫で、白餡が溶け出し、苺の優しげな甘酸っぱさが広がる。ふわふわと柔らかで、しゅわしゅわっと溶けていく、この不思議な食感を作り出しているのは、最高級の羽二重粉で製する求肥練りこまれたメレンゲだ。

 苺にも一手間が加えられている。瑞々しさを保つために、ヘタを取る際にもヒミツの工夫を凝らしているのだという。倉田さんの仕事はとにかく繊細なのだ。なんともいえない上品な口どけと甘さ、を楽しむことができる。小さめの大福ながら、一縷の妥協も見ることができない。

 青大豆で作るずんだ餡を道明寺で包み、青大豆粉をまぶした「すずなり餅」もおもしろい。青大豆の繊維が少し残る程度に潰したずんだ餡と、道明寺のつぶつぶ感のバランスが絶妙で、すがすがしい豆の香と共に味わう逸品だ。

 この他、焦がし黄な粉を使った香ばしい「わらび餅」(秋から春まで)や季節の上生菓子など、どれをとっても倉田さんの愛情が伝わってくるものばかり。丸川は、しっとりとした城下町に相応しい和菓子屋だ。

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丸屋菓子舗
  菓子: 干菓子(小1個10円~、小袋入り1袋300円~)、おはらぎ(1個70円~)他
  住所: 三重県鈴鹿市神戸2丁目9-52
  電話: 059-382-0018
  営業時間: 7:00~19:00
  定休日: 不定休

 神戸宿の中心部を貫く伊勢街道より1筋西に入った静かな通りに、古めかしい小さな店が佇んでいる。「神戸の寝釈迦」で有名な龍光禅寺の堂々たる三門(正門)の前で、明治末期から菓子屋を営んできた丸屋菓子舗だ。

 土間敷きの薄暗い店に入ると、暖簾の奥から小さいおばあさんが出てきた。店は、このおばあさんと、連れ合いのおじいさんがふたりで切り盛りしているという。おじいさんの父親が創業者ということで、現在は2代目ということになる。息子さんも時折、店を手伝ってくれるそうだ。

 生菓子などが陳列された木枠にガラスのはまったケースの中で、特に目を引くのは可愛らしい干菓子の数々。季節の意匠を模った打ちものや有平糖などが、ステンレスのバットいっぱいに広げられている。小さいものならひとつ10円から。訪れた時、季節は冬。菊や鶴、松、日の出などのめでたいモチーフの干菓子が多い。

 干菓子の他、この店のもうひとつの看板ともいうべき菓子が「おはらぎ」だ。おはらぎといえば、この先の伊勢街道白子宿の名物として知られる菓子ではないか(菓銘の字は店によって異なる)。そう思っていたが、今では白子に限定されず、ここ神戸も含めた鈴鹿全体の名物となっているらしい。この丸屋以外にも近くの某洋菓子屋でも、やはりおはらぎが売られていた。

 おはらぎについては白子のページで詳しく述べるとして、ここでは丸屋のおはらぎについてのみ記しておこう。

 薄い小麦粉製の生地を2枚に折りたたんで、中に餡を挟んだその姿は、他で見るおはらぎとほぼ同様。皮にも餡にもたっぷりと砂糖を使っているらしく、全体的に極めて甘いおはらぎである。ただし、餡の量は少なめなので、くどいといった感じはない。焼いて少し経ってから頂いたものはしっとりとしていたが、その日の晩ともなると、既に硬くなっていた。手作りらしさが感じられる。

 「神戸の寝釈迦」の縁日には、きっとおじいさんもおばあさんも、てんてこ舞いになっておはらぎを焼いたり、干菓子を袋に詰めていることだろう。お小遣いを握り締めてやってくる近所の子供もいるに違いない。そんな懐かしさがいっぱい詰まった、ちょっと素敵な店のようだ。


元は和菓子屋。冷蔵庫から出された「おはらぎ」には冷蔵庫独特の臭いが移っていたことを特記しておく。

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maruya-oharagi.jpg(お菓子の写真をクリックすると大きくなります)