和菓子街道 姫街道 気賀

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難所はふたつ、気賀の関所と引佐越え

 落合橋を渡って都田川を越えると、気賀宿に入る。橋の気賀側の袂には宝生地蔵菩薩の祠がある。江戸の昔から姫街道を行く旅人を見守ってきたお地蔵さんだ。これから先には、引佐越えが控えている。お地蔵さんに旅の安全を祈願しておこう。

 天竜浜名湖線のガード下を潜って町の中に入っていく。複雑な五叉路の南角に、姫街道気賀宿をイメージしたポケットパークがあり、この向いが気賀の関所跡だ。気賀宿の入口にあった関所の創設は、慶長6年(1601)説もあるが、寛永(1624~1643)のはじめ頃という説が一般的に有力といわれている。

 気賀関所は東海道の新居の関所よりも取締が比較的緩かったようで、新居関所を避けたいがために姫街道を通った旅人も多かったというのが一般的な見方だ。現在では関所本番所の屋根や、関所防備のために設けられた要害堀が残っているのみだが、近年になって開館した関所資料館へ行けば、当時の関所の様子を見ることができる。

 関所跡を過ぎて姫街道を進むと、しばらくして細江神社の杜が見えてくる。街道から少し逸れるが、神社の右の道を登っていくと、途中、右手には昭和初期に活躍した日本画家・野島青茲の生家である吉野屋料理旅館がある。池を配した庭園は見事で、昭和初期に建てられた建物が美しい。あいにくひとりでの食事はなかなか受け付けてもらえず、また宿泊の予約もタイミングが悪いことばかりで、未だ利用が叶っていない。

 神社脇の坂を上り詰めたところ、神社の真裏に当たる高台に「犬くぐり道」がある。江戸時代、地元の人々が関所を通過せずとも宿場に出入りできるようにと作られたお目こぼしの裏道だ。道の途中には筵(むしろ)が1枚たらされており、利用者はその下のわずかな隙間を潜って通り抜けていた。この道を通る時、人は獣になる。武士は関所は嫌でも、決してこの道は通らなかったという。

 神社の裏手に続く細い道(犬くぐり道とは別)をそのまま道なりに行くと、民族資料館前に出る。前の道を下っていくと、姫街道に戻る。細江神社をぐるっと一回りした形だ。

 ここからやや勾配のある道を行くと、郵便局前に気賀宿本陣中村家跡。ここからは先、道は下り坂になる。街道沿いには数軒、古い家が残されている。気賀に8軒ほどあったという旅籠の建物だ。

 しばらく道なりに行くと、左手に安政4年(1857)建立の秋葉常夜灯がある。ここは気賀宿の西木戸のあったところで、枡形の石組みの一部も残されている。石組みには瓢箪型の石がはめ込まれていて、なかなか粋だ。道路の反対側には宿場西口の犬くぐり道がある。こちらの西の犬くぐり道は今も地元の人々が抜け道として利用している。

 更に街道を行くと、「獄門畷供養碑」と彫られた大きな石碑に出会う。永禄12年(1569)に徳川家康が堀川城を攻め落とした際、堀川城関係者達を集めて処刑した場所である。受刑者達の首を小川に沿って曝したことから、畷にこのような忌まわしい名がつけられたという。

 ここから道は二叉に分かれるが、姫街道は右の道だ。右に入ってすぐ、街道右手にある坂道を上っていくと、「姫地蔵」のお堂のある高台に出る。ここにも、姫街道らしく女性を主役にした話が残されている。姫地蔵は、関所管理役の近藤家の娘が皮膚のできものに悩み、お地蔵様に願掛けしたところ治ったという言い伝えに由来する地蔵尊だ。

 街道に戻り、歩みを進める。葭本川を渡り、南北朝時代に創建された古刹・金地院への道標がある地点で、道はまたしてもY字に分岐している。姫街道はこのY字の右の道、つまり直進する道だ。そのまま行くと、枝垂れ梅の根元に道祖神が佇んでいる。ここからは坂道。上り詰めると二宮神社があるが、ここにも姫君にまつわる言い伝えがある。

 建武2年(1335)に蜂起した足利尊氏に対抗して挙兵した後醍醐天皇の皇子・宗良親王が、味方勢力の集まる遠江に赴き、遠江から京へ上った。その際、親王の妃となった駿河姫(駿河安倍城の姫君か)が、親王を見送ってこの地までやってきたが、ここで病に倒れて亡くなった。二宮神社は、この駿河姫を祭神としている。

 坂を下り、小川を渡って車道を横切ると、未舗装の登り坂へと入っていく。この辺りは実にのんびりとした光景が続く。坂道を上っていくとすぐ、右手に「山村修理之墓」がある。山村修理は、家康によって落とされた堀川城の城将で、この地まで逃れてきたものの、燃え落ちる城を見ながら切腹したとわれている。

 鄙という言葉がぴったりな、素朴な美しい道をゆっくりと上っていくと、江戸から69里目にある山田一里塚跡に到着。ここは上り坂の頂点で、ここからは下りとなり、麓の集落へと通じている。人ひとりがやっと通れる道を抜けて車道に降り立つと、すぐのところに「だいだらぽっちの池」がある。

 巨人のだいだらぽっち伝説は日本各地にあるが、この池はその足跡なんだとか。浜名湖周辺には他にも、だいだらぽっちが尉ヶ峰(じょうがみね)に腰かけて弁当を食べた時、ご飯の中に混じっていた小石を浜名湖に捨てたところ、礫島(つぶてじま)ができた、という伝説もある。

 ここから少し行くと、道祖神と馬頭観音が置かれており、この辺りからが小引佐と呼ばれるエリアだ。やがてお地蔵さんが数体安置された祠のあるところで、姫街道は車道と別れ、石畳の下り道となる。目を南に向けると、そこには浜名湖を見渡す展望が開けている。網代が立つ湖面が凪いで、さざなみが立っている様子もはっきりと見てとれる。

 足元の石畳は修復されたもので、昔からあるものではない。石畳道はうねうねと蛇行しながら下っていく。竹林が見えてくると道は一度平坦になり、その後再び上り坂に。視界が開けたところに岩根集落の薬師堂が出現する。天保6年(1835)に再建されたという宝形造りの薬師堂の横には、文化2年(1805)の秋葉常夜灯がある。

 岩根集落を過ぎ、車道と小川を渡ると、ここからがいよいよ姫街道の難所のひとつ引佐峠だ。峠道の始まりも石畳になっている。いきなり急坂が始まり、すぐに息が上がってしまう。左手に赤いニットの帽子とポンチョを着たお地蔵さんの穏やかな微笑みを見つけると、間もなく姫岩のある休憩所に出る。

 姫岩は、街道右手の地面にべろんと横たわっている巨大な一枚岩だ。元々、その形状通り「平岩」と呼ばれていたが、姫街道にあることからいつしか「姫岩」と呼ばれるようになったらしい。この上に座ると良いことが起こるといわれているので、そそくさと座らせて頂くことに。

 この辺りには昔は茶屋があり姫様行列が通る際にはここで湯茶の接待をしたそうだ。今は、屋根付きのベンチのある小さな公園になっている。ここを過ぎると再び上り坂。時々、木々の間にきらめく浜名湖の姿を観止めることができる。雑木林を抜けると石段が現れ、それを上り詰めると自動車道と合流し、引佐峠手前の休憩所に到着する。ここから浜名湖の絶景を望める。

 休憩所からほどなくして、峠に至る。「海抜200m」の案内板がちょこんとあるだけの寂しい峠だが、昔はここにも茶屋が置かれていたという。当然ながらここから先は下り。急な下り坂をずるずると半ば滑り落ちるように下っていくと、峠から300メートルほどのところに「象鳴き坂」の案内板がある。

 享保14年(1729)、広南国(ベトナム南部にあった阮氏の国)から贈られた象が、将軍お目見えのため江戸に下る途中、引佐峠の急な坂道で悲鳴をあげたことから、この名がつけられたという。なるほど、悲鳴くらいあげたくなるような急勾配だ。

 余談だが、この象が長崎から江戸に向かう道中に食べていたものは、なんと、饅頭だったという。象の餌として、餡の入っていない饅頭が各宿場で用意されたという記録が残されている。象が食べた饅頭の数は、1日100~150個。これが話題になって、後には見物客用に餡入りの「象の饅頭」なるものまで売り出されたのだとか。

 くねくねと曲がった坂を転がるように下りていく。旅人が岩に向かって石を投げると、旅を無事終えることができるといわれた石投げ岩の辺りから、ようやく道は緩やかになる。コンクリートで補強された石畳道がアスファルトに変わる頃、頭上を覆っていた木々が消え、集落が見えてくる。峠越えが、無事に終わったことになる。

 山から出ると、江戸から70里目の大谷一里塚跡が旅人を待っている。塚も木も今は姿を消し、立看板があるのみだが。このすぐ近くにも茶屋があったようだ。みかん王国に足を踏み入れたらしく、周囲はいつの間にかみかん畑だらけ。初夏には真っ白なみかんの花の芳しい香りが辺りに漂うのだろう。収穫期の11月頃に訪れれば、深い緑の間み無数のオレンジ色の玉が散らばる光景を楽しめそうだ。

 街道が車道と交わる手前の森の中には、忠道円心の墓である「六部様」がある。明和4年(1767)、諸国を巡って修行僧円心がこの地で行き倒れになった。六部または六十六部とは廻国行者のことで、「六部様」は全国各地にあるが、必ずしもここと同じ円心の墓というわけではない。行者が行き倒れになることは、決して珍しいことではなかったのだ。

 大谷川を渡って車道に出ると、「大谷代官屋敷」の案内板がある。江戸詰めの領主・大谷近藤家の代行として、事実上この地を支配していた大野家の屋敷があった所で、今も子孫が住んでいるらしい。ここから更に100メートルほど行くと「安形伊賀屋敷跡」。佐久城主・浜名氏の重臣・安形伊賀守正道の屋敷跡だ。

 Y字路で右の道をとり、みかん畑の中を進む。東名高速道路で遮断された道は迂回して回りこみ、東名下を潜って進む。再び陸橋で東名をまたぐと、三ヶ日町宇志地区に入る。道は完全なる農道で、みかん畑の真っ只中。それを過ぎると、集落にさしかかる坂の上に茶屋跡と高札場跡があり、ようやく三ケ日宿に辿り着いたことを確認できる。

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himesama.JPG左)『姫君様行列之図』(気賀関所)、上)細江町の姫様行列

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その他のおいしい立ち寄り情報

清水家
  料理: うな丼(1890円~)、うな重(2415円~)、蒲焼(1785円~)他
  住所: 静岡県浜松市北区細江町気賀238-2
  電話: 053-522-0063
  営業時間: 11:00~18:00(売り切れ次第閉店)
  定休日: 水曜日(月1回連休あり)
  URL: http://www.ens.ne.jp/~unasen/21.html

 鰻は、言わずと知れた浜名湖名物。奥浜名湖に位置する気賀(細江町)にも、鰻料理の店は少なくない。そんな中で、とりわけ有名で遠来からの客も多いのが、大正時代創業、現当主で三代目という「清水家」だ。

 清水家では、朝仕入れた浜名湖産の養殖活鰻をすぐに開いて串を打ち、軽く蒸しを入れてから備長炭で白焼きする。ここまでの仕込みをしてから、開店となる。当たり前の話のようにも聞こえるが、実に多くの店が白焼きした鰻を冷凍庫で保存しておくのが実情なのだ。清水家ではその日〆た新鮮な鰻を冷凍せずに使っているため、身に残る水分も程よく、身崩れもない。

 毎朝仕込まれる鰻を使った料理は、蒲焼と丼、鰻重のみ。最近流行りの鰻茶漬けなどは一切なく、ストレート勝負に賭けている。皮はワイルドとでも表現したくなるほどかなりしっかりと焦げ目をつけて焼いてあるが、身はふっくらと柔らかく、ジューシーだ。

 創業当時から注ぎ足してきたというタレは、味醂を多めに使っているのか、こってりとしている。醤油というよりたまりのような独特の風味で、東京辺りのタレと比べると濃厚かつ「甘辛さ」が際立っている。

 週末ともなると開店前から行列ができ、整理券まで配られる人気ぶりだ。作り置きせず毎朝仕込む鰻の数に限りがあるため、売り切れ次第終了となるので、週末の午後に訪れるのであれば、あらかじめ電話して状況を聞くのが得策だ。ただし、予約は不可。


(料理の写真をクリックすると大きくなります)

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細江町みそまん紀行

 細江町(気賀)名物といえば「みそまん」。黒糖皮で漉し餡を包んだ茶色の蒸し饅頭で、元は一般的な茶饅頭とか利休饅頭とか呼ばれていたが、その色が赤味噌もしくは八丁味噌に似ていることから、いつの頃からか「みそまんじゅう」と呼ばれるようになった。

 今では遠州一円の菓子屋や駅の売店などでも普通に売られており、みそまんじゅう、略して「みそまん」はもはや一般名称化している。ここでは、細江に4軒あるみそまんの店を紹介しよう。
(お菓子の写真をクリックすると大きくなります)

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福月堂
  菓子: みそまんじゅう、大福まんじゅう(各1個84円)他
  住所: 静岡県浜松市北区細江町気賀108-1
  電話: 053-522-0307
  営業時間: 8:00~19:00
  定休日: 水曜日(時々連休あり)

 細江町のみそまん元祖を名乗る福月堂。昭和のはじめ頃、初代が天竜浜名湖鉄道の金指駅前で菓子屋を始めたが、後に気賀の親戚筋の跡取として養子に入ったため、気賀の現在地に店も移転させた。現在は二代目。

 福月堂では元々、大福まんじゅうと呼んでいたものを、後追いの他店と歩調を合わせるように、いつしかみそまんじゅうと呼ぶようになったそう。

 福月堂のみそまんじゅうは大きめ、扁平。月マークに「福」の字がかかった焼印を押した濃い焦げ茶色の皮は、ぷるぷる、むっちりといった食感だ。餡は粘りが強いが、甘さはさっぱりめのため、見た目こそ重そうに見える意外なほど食べ応えは軽い。

 白皮のものは今も「大福まんじゅう」の名で健在。昔の大福まんじゅうは、白皮に小豆餡という組み合わせだったというので、現代版は少しアレンジしたものということになる。

 こちらは手亡豆で作った白きんとん粒餡入り。漉し餡にした手亡豆に、ところどころ粒状の豆が混ぜてある。さらっとした食感の中に、時々ころころとした豆の食感が加わり、舌の上での変化がおもしろい。もちろん、気賀ではここだけの逸品だ。

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外山本店
  菓子: みそ万十(1個84円)他
  住所: 静岡県浜松市北区細江町気賀68-2
  電話: 053-522-0172
  営業時間: 8:30~19:30
  定休日: 木曜日

 創業は明治18年(1885)で、細江町の菓子屋の中では一番の老舗。現当主で六代目だとか。同じ「外山」だが、「お菓子のとやま(外山製菓)」とは無関係で、苗字は竹上。

 女将さんは「外山製菓さんは何代か前にうちで修行した人が開いた店らしい」とおっしゃっていたが、外山製菓では「外山本店さんはうちとは別の外山さんというお宅で修行したため、竹上姓だが外山という屋号らしい」とおっしゃっていた。どっちがどっちなのか。外山製菓の姓が外山である以上、外山本店の言い分は腑に落ちない部分があるが…。

 ともあれ、外山本店のみそまん(商品名は「みそ万十」)の話。山芋入りのせいか、むっちり、しっとりとした皮で、色は若干薄めながら黒糖の香りが際立っている。表面には家印が点焼きされている。皮の甘さは他店より若干強め。

 餡はさらっとしているものの、塩を強めに効かせてあるためかなりコクがあり、甘味を強く感じる。小ぶりではあるが、餡がぎっしり詰まっていて、食べ応えがある。

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お菓子のとやま(外山製菓)
  菓子: みそまん(1個84円)他
  住所: 静岡県浜松市北区細江町気賀129-1
  電話: 053-522-0321
  営業時間: 9:00~19:00
  定休日: 火曜日(午前中は営業)

 大正初期創業、現在は三代目の若旦那が中心に菓子作りをしている和洋菓子店。町内でケーキといえばこの店だが、もちろん和菓子もみそまんから季節の菓子まで充実しており、浜松名物の春華堂の「うなぎパイ」まで置いている。屋号の「とやま」は、苗字の「外山」が由来。ちなみに、外山という苗字は三ケ日に多いそう。

 こちらのみそまんは、他店と違い実際に味噌と醤油が隠し味として皮生地に練り込まれている。そのため、香ばしさが強く、独特の風味がある。皮は表面はやや固めだが、中はふわっとしている。餡は甘さを引き出す塩の味が若干強めだが、しつこさのないほど良い甘さに仕上がっている。

 お菓子のとやまでは毎月10日を「みそまんの日」とし、通常10個入り840円のパックを640円で提供している。10個入り以外のみそまんは通常価格。

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かじや菓子店
  菓子: みそまん(1個80円)他
  住所: 静岡県浜松市北区細江町気賀1081
  電話: 053-522-0186
  営業時間: 8:00~18:30
  定休日: 月曜日(祝日の場合は翌火曜日休み)

 細江町の市街地から少し離れて、姫街道を三ケ日方面に進んだところにある手作りみそまんの店「かじや」は、創業43年(平成19年現在)。比較的新しい店だが、ガイドブックなどでも紹介されており、ファンも多い。最近、店舗の建て替えをして、平成19年9月7日にリニューアル・オープンを果したばかりだ。

 人気の高いかじやのみそまんは、しっとりとした生地ながら、軽い食べ応えで、黒糖の香りが際立っている。漉し餡はきめ細かく、さらっとしており、生地によく合っている。大きさは他店に比べて若干小ぶりで、食べ易いサイズ。なだらかな曲線で、ふわっと丸い形に仕上がっている。

 ちなみに、これまで7のつく日が休みだったが、リニューアル後は月曜休みに変更となったので、ご注意を。

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