和菓子街道 東海道 石部

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東下りの旅人が最初に夜を越す石部宿

 水口の宿を出てからは、横田の渡しのあった横田川(野洲川)を渡って石部を目指す。途中の大沙川、由良谷川は天井川で、トンネルになっている川の下をくぐることになる。季節によって川が水で満たされることもあるが、通常は乾いた水路だけが頭の上を走っている。

 この大沙川と由良谷川の間には、江戸時代にはところてんを名物としていた夏見の里がある。汗だくになって街道を歩いてきた旅人には、ひんやりと冷たいところてんはたまらないご馳走だったろう。残念ながら、今ではところてんを食べることができるような茶屋などは残っていない。

 街道は車道ながら道幅は狭く、しっとりとした家並みが続く。落合川を越えれば間もなく石部宿だ。 「京立ち石部泊まり」の言葉通り、日本橋から出立した旅人が最初に宿泊したのが戸塚だったのに対し、京都から江戸に向かう旅人が最初に宿をとったのが石部宿である。古い家と新しい家が混在する町並みだが、老舗という老舗はほとんど残されていない。ちなみに、街道から少し離れた山中に、「石部宿の里」なる施設があり、往時の石部宿の町並みが再現されている。

 古くから金が採れた土地で、堅実な人の例えとして知られる「石部金吉」もここの出だ。今でも石部近郊では採石が盛んで、街道を歩いていても採石跡の裸山がところどころで目に入る。その中でも、街道右手に見える三上山は、百足退治伝説の残る聖地として青々とした木々に包まれたまま、近江富士との別名通り秀麗な姿を留めている。

 JR草津線沿いをつかず離れず進めば、家康の腹痛をも治した道中薬「和中散」で財を成した旧和中散本舗の豪壮な建物が残る六地蔵、田楽が名物だったという目川を経て、ようようにして中山道との合流点、草津宿に辿り着く。

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ishibe-shukubanosato.JPG石部宿場の里
natsumi-in-book.jpg賑わいを見せる夏見の里のところてん茶屋。右下の男はところてんをついている。『近江名所図会 巻一』(豊橋市二川宿本陣資料館提供)(クリックすると大きくなります)
ishibe-taiko.JPG明治43年創業の谷口長栄堂の「石部太鼓」(1個100円)。石部の氏神である鹿塩上神社大祭で打ち鳴らされる石部太鼓にちなんだ最中だ。(クリックすると大きくなります)
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