和菓子街道 東海道 土山

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山賊に化け蟹…
 おっかなびっくり鈴鹿を越えれば、あいの土山

 「坂は照る照る鈴鹿は曇る、あいの土山雨が降る」

 馬子よろしく唄いながら鈴鹿山を下ってくると、左手に大きな杜が見えてくる。田村神社だ。平安初期の弘仁13年(822)に創建されたこの神社に鎮座するのは、征夷大将軍・坂上田村麻呂である。田村麻呂が鈴鹿峠の鬼を退治したという伝説にちなんで始まった厄除祭(2月17~19日)が有名だ。また、この辺りには人を襲う巨大な化け蟹の伝説もあり、昔の旅人は肝を冷やしながら土山への道を急いだことだろう。

 大雨の中を大名行列が川を渡る様子が描かれた広重の「土山 春の雨」の絵からも分かるように、昔の東海道は田村川にかかる板橋を渡って田村神社の敷地内を通過していた。そのため、旅人はいやおうなく神社に参拝し、土山宿に入っていったのだ。国道一号線の敷設に伴い旧東海道はこの辺りで途切れていたが、平成17年には田村川板橋が「海道橋」の名で再現され、再び昔と同じ道筋で川を渡ることができるようになった。

 鈴鹿馬子唄や広重の絵に共通する題材は、雨の降る土山。昔からこの辺りは雨量が多いことで知られており、今でも土山を訪れるなら降水確立0%でも傘を持参すべしと言われるほどでだ。ただし、筆者は二度ほど土山を訪れているが、いずれの日も晴天だったこともまた事実。また、「あいの土山」という言葉の意味は実際のところはっきりとしておらず、一説には「間の土山」の意とも言われているが、定かではない。

 山賊に怯えながら鈴鹿越えをした旅人がほっと一息つくことができた土山には、現在も江戸時代の建物が多く残っており、宿場時代を思わせる町並みが続いている。寛永11年(1643)の三代将軍家光の上洛の際に本陣職を受けたのは、地名の由来にもなっている土山家だ。徳川慶喜や勝海舟、西郷隆盛などが泊まった土山本陣には貴重な歴史的資料が残されており、予約をすれば荘厳な建物の内部を見学することできる。

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その他のおいしい立ち寄り情報

高岡孝商店
  菓子: かにが坂飴 (1袋700円、竹皮包は800円)
  住所: 滋賀県甲賀市土山町南土山甲1301
  電話: 0748-66-0953
  ※毎年2月17・18・19日のみ営業 (道の駅「あいの土山」では通年販売)

 昔々、鈴鹿山の麓に身の丈3メートルもある巨大な蟹が棲んでおった。蟹が旅人や村人を襲ったため、人々は恐怖に怯えておった。しかしある時、通りがかった旅の僧都が印明を示し、天台宗の往生要集を説き聞かせると、蟹はそれまでの悪行を悟って涙を流して喜び、自らの甲羅を八つに割って消えうせた。僧都は割れた甲羅を埋めて塚を建てて蟹を供養し、蟹の血で八つの飴を作って竹皮に包んで里人に授け「この飴は諸々の厄除に効あり」と伝えたそうな。めでたし、めでたし。

 これが、この地に伝わる民話『蟹が坂』のあらましである。田村神社から1キロほど鈴鹿側に行ったところに脇道があり、その先には今も蟹塚が残されている。恐らくこの物語に登場する「蟹」は山賊のことだと思われるが、この民話や塚と共に今も土山に残っているのが、「かにが坂飴」だ。

 飴を蟹味噌ならぬ蟹の血で作ったというのは昔の人ならではの壮大なフィクションなのだろうが、砕けた蟹の甲羅を模して作られた飴は、厄除の飴として古くからこの地で作られているものだ。

 大麦の発芽を澱粉に作用させて作る水飴状の麦芽糖を熱いうちに棒にからめとり、畳表に少量ずつ垂らす。少し固まったところで、上から金鎚のような道具で軽く叩けば、500円硬貨くらいの大きさの円盤状の飴ができあがる。透き通ったべっ甲色の飴は、麦芽糖独特の香ばしさと控えめな甘さがどこか懐かしい。飴は竹の皮で包み、荒縄でくくってあるが、昔の人はこの折をまとめ買いして、竹棹にいくつもの荒縄の輪を通して持ち帰ったという。

 江戸時代から変わらない製法で作られているかにが坂飴だが、作り手は時代を経て変わってきた。20年ほど前までかにが坂飴を作っていた今岡家は、おばあさん(当時)の代で飴作りを止めることになり、代わりに高岡家が引き継ぐことになった。もっとも、高岡家が引き継いだのは、飴作りというよりむしろ、飴作りをする場所の提供と販売元としての名前、と言うべきかもしれない。

 高岡家は元々、田村神社の向かいで「いこい食堂」という食堂を営んでいたのだが、かにが坂飴作りを引き受けた数年後に食堂を畳んでしまった(現当主は会社員)。現在、飴はその食堂跡で作られている。普段はシャッターを下ろしている店だが、田村神社の厄除祭期間中(2月17~19日)には店を開き、飴を売るのだ。

 高岡家の人も飴作りに参加はするが、実際の作り手は近隣住民から成る「八ツ割飴協同組合」である。毎年、11月頃になると組合の人々が旧いこい食堂に集まって、かにが坂飴を作る。「テレビなんかの取材はなぜかいつも、田村神社のお祭りの時に来るんですよ。11月に来たら、飴作りを見せてあげらるのにねぇ」といぶかしがるのは、高岡家のお母さん。

 「私は飴作りは上手にできません。うちは全部人任せ。でも、昔から伝わっているものを残していこうということで、うちが販売店を引き継いだんです」と、お母さんは言葉をつなぐ。高岡家に飴作り継承の話が持ち込まれた20年前には、色々なことが手探りだったという。店の看板には、○に「ふ」の字が入った蟹の絵が描かれているが、この「まるふ」の屋号にも、20年前の混乱を思わせるエピソードがある。

 当初は、高岡の「高」の字を○の中に入れて「まるたか」の屋号にしようと考えていたのだが、役所に申請すると、その屋号は既に他にもあったのか却下されてしまった。代わりに、その場で咄嗟に思いついたのが、愛娘ふくみさんの「ふ」。急遽つけた「まるふ」の屋号が、今もそのまま使われているという。

 高岡商店は田村神社の厄除祭の3日間しか開かないが、すぐ隣の道の駅「あいの土山」では通年、かにが坂飴を販売している。昔は厄除にとこの飴を買う人も多かったが、今ではその数もめっきり減ってしまったようだ。

 店先には、「買うて帰ろか 買わずに行こか 迷ってはみたが なぜか気になる この飴は 厄除念じて 買わずに帰れぬ 古来名物 かにが坂飴」という唄が書かれてある。蟹の供養として土山の人々が伝えてきたかにが坂飴。厄除けの効果はいかほどか分からないが、竹皮に包まれた飴は、確かにどこか気になる存在だ。

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takaoka-shoten.JPG(お菓子の写真はクリックすると大きくなります)

民芸・茶房 うかい屋
  料理: 鴨なんばん、山菜そば (各630円)
       コーヒー(370円)他
  住所: 滋賀県甲賀市土山町南土山
  電話: 0748-66-0168
  営業時間: 10:00~18:00
  定休日: 不定休

 土山宿の中ほどに店を構えるうかい屋は、街道歩きの間ではちょっとした有名店だ。なぜなら、この店のご主人は、「歴史の道 東海道宿駅会議」の常任理事にして「東海道ネットワークの会21」の関西ブロック長を務める鵜飼秀郎さんなのだから。毎年、東海道+京街道の中の1宿場で行なわれる「東海道五十三次シンポジウム」の初代実行委員長としても知られる鵜飼さんは、東海道をはじめとする街道歩きブームの仕掛け人なのだ。

 そんな鵜飼さんが経営するこの店は、180年ほど前に建てられた商家を利用した民芸品店兼茶房だ。江戸時代には菱屋という屋号の高利貸しが大店を開いていた建物だが、50年ほど前に鵜飼家(先代の頃)が買取り、13年前(06年現在)に鵜飼さんがこの店を立ち上げた。豪商の館というだけあって店内は広く、黒光りした梁に歴史の重みを感じる。現在も昔の井戸がそのまま枯れることなく残っており、鵜飼家では井戸水を飲用水として利用しているという(茶房では利用していません)。

 街道歩きをする人の多くがこの店に立ち寄るが、その主な目的は、うかい屋所蔵の書物の数々。雑誌から専門書、ちょっとしたパンフレットまで、ここは大抵の東海道関連の資料が揃っている。各市町村の図書館や資料館では、その地に関連した資料に偏りがちだが、うかい屋なら、土山宿はもちろん、東海道、京街道などに関する資料が置かれており、来店者は自由に手に取って見ることができる。加えて、気さくな鵜飼さんのお話も聞けるとあって、街道歩きにとっては通り過ごすわけには行かない店なのだ。

 もちろん、資料を見たり街道談義に花を咲かせるだけで帰るという失礼な来店者はいない(はずである)。コーヒーの一杯くらい飲みたいものだが、ここでお薦めしたいのは、「鴨なんばん」だ。江戸時代、土山には「街道で二番目においしい」と言われた名物「夕霧そば」なるものがあった。「単に、一番目と大見栄を張って言うのをはばかって二番目と言ったんでしょうね」と鵜飼さんはおっしゃるが、実はその夕霧そばに関する資料は一切残されておらず、いったいどんな蕎麦だったのか謎なのだという。

 しかし、何の手がかりもない中、鵜飼さんが試行錯誤の上に「街道で二番目においしい蕎麦」を目指して考案したのが、鴨なんばんというわけ。夕霧蕎麦に鴨肉がのっていたかどうかは分からないが、まあ、堅いことは言わず、「これが二番目においしい蕎麦なんだ」と思って試してみては。

 余談だが、田村神社前の道の駅「あいの土山」には、うかい屋で利用できるコーヒーの割引券(370円→200円)が置いてある。こんなことを書くと、うかい屋さんも商売あがったりかもしれないので、ここだけの話、ということで…。


(料理の写真をクリックすると大きくなります)

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