和菓子街道 東海道 浜松3

浜松宿の続き・・・

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その他のおいしい立ち寄り情報

八百徳
  料理: お櫃うなぎ茶漬(2415円)、うな丼/うな重(肝吸付、各2310円)他
  住所: 静岡県浜松市中区板屋町655
  電話: 053-452-5687
  営業時間: 11:00~21:00 (L.O.20:15)
  定休日: 月曜日(月1回月・火連休有り)
  URL: http://www.tokai.or.jp/yaotoku/

 浜松市内を東西に横断する旧東海道より、3筋ほど浜松駅寄りの名鉄ホテル北隣。「うなぎ 八百徳」と大きな文字が壁面に浮かぶ大きなビルは、地元はもとより全国的にも名の知れた鰻専門店「八百徳」の本店だ。もっとも、大きくチェーン展開していると勘違いされがちだが、実際には八百徳はこちらの本店と浜松駅南口にある支店(砂山町325-7、電話:053-452-5755)の2軒のみ。市内や日本各地にある同名の店とは全く別である。

 明治も晩年の42年(1909)の創業で、自身も現役で厨房に立っている現当主で四代目という八百徳。井戸水を引いた生け簀に放たれ、ほどよく身の引き締まった鰻は鮮度抜群。作り置きして冷蔵保存する店が多いが、こちらではその日使う分だけ裁いて使用している。

 蒲焼は鰻を開いてから蒸しを入れ、タレをつけながら焼き上げていくという関東風。皮の焼きはどちらかというと浅めだが(私が食べた時だけかもしれないが)、三度もタレをつけて焼いているため、タレの味がしっかりと鰻にしみこみ、脂とあいまってこってりとした味に仕上がっている。初代の頃から伝わるというタレには地元産の溜り醤油を使用。この地方らしく濃厚な飴色ながら、味そのものはそれほど醤油辛さもなく、むしろさっぱりとした甘辛さだ。

 そして、この店の名物となっているのが、この蒲焼を細かく刻んでお櫃に入れたご飯の上に乗せた「お櫃うなぎ茶漬」(肝吸付)だ。名古屋地方で言うところの「ひつまぶし」と類似のもので、やはり薬味をかけて食べたり、出汁をかけて食べたりする。浜松では八百徳のお櫃うなぎ茶漬は「うな茶」という愛称で親しまれており、ファンも多い。

 八百徳でうな茶が考案されたのは30年ほど前のこと。先代と四代目に当たる現社長が、まかない料理をヒントに、鰻丼をお茶漬けにすることを考案して店に出したところ、すぐに評判を呼んだ。今では八百徳といえばうな茶というほどで、この店の代名詞にもなっている。

 ご存知の向きも多いかと思うが、ここで食べ方のおさらいを。

1)お櫃にたっぷりと入ったご飯と鰻を茶碗によそい、まずは鰻重のようにそのまま味わう。ご飯と鰻の蒲焼の間には刻み海苔が敷き詰めてあるが、この海苔と鰻が実によく合う。

2)2杯目は、薬味として添えられている葱と山葵をお好みでかけて。薬味が甘濃い蒲焼の味をキリッとさせてくれる。

3)3杯目は土瓶に入れられた昆布だしを注いで、お茶漬けにしてサラサラと。濃厚なタレと鰻の脂がだしに溶け出し、あっさりとした味わいになる。昆布だしは少々塩がきついようにも思ったが、ご飯にかけてしまえばほどよくなる。

4)最後は最も気に入った食べ方で平らげる。

 実際のお店の案内では、1杯目はそのまま、2杯目は薬味+出汁で、二度楽しむ、となっているが、あくまで食べ方は自由。色々組み合わせて、楽しみながら食べてみよう。

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yaotoku-unacha.JPG(料理の写真をクリックすると大きくなります)

枡形
  料理: すっぽん料理(1人9450円~、2名~)、ふぐ料理(14700円~)
       昼のおもてなし料理(3150円~)、夜のおもてなし料理(8400円~)
       懐石料理(5775円~)他
      ※料金にはサービス料10%が加算されます。
  住所: 静岡県浜松市中区肴町316-40 桝形ビル3階
  電話: 053-452-0498
  営業時間: 11:30~14:30、16:30~23:00
  定休日: 日曜日
  URL: http://www.masugata.jp

 浜松にはすっぽんを食べさせる店が多い。実は、浜名湖は鰻ばかりでなくすっぽんの一大産地でもあるためだ。すっぽんの養殖が最初に行なわれたのは、明治12年(1879)のこと。東京は深川の服部倉治郎が始めたと言われている。東海道の宿場町でもある浜名湖畔の舞阪にすっぽんの養殖技術が伝わったのが明治33年(1900)で、以来、舞阪は全国でも名だたるすっぽん産地となり、遠州一の都市である浜松にすっぽん料理屋が多くできたというわけだ。

 歴史を紐解くと、すっぽんは江戸時代の中頃までは“下賎でも食べないもの”扱いをされていたようだ。それがどういったわけか、いつの間にか美食家の間でもてはやされるようになり、一躍、高級食材の地位を獲得したのである。肉は滋養強壮に優れ、コラーゲンも多く含んでいるため、美肌効果も期待できるとか。

 というわけで、せっかく浜松へ来たのだから、鰻ばかりでなくすっぽんも食べてみたくなった。予約を入れたのは、かつては「浜松の台所」と呼ばれた肴町の一角にあるビルの3階にある「枡形」という店。明治24年(1891)に東海道筋の伝馬町で天婦羅屋として暖簾をあげたが、現在はどちらかとうとすっぽんやふぐ料理でその名を馳せている。現在の親方は三代目の鈴木東洋雄さん。やはり料理の道に進んだ長男(四代目)は、同じビル内にある和風ダイニング「凡猿」で板前として活躍中だ。

 枡形のすっぽん料理では、一度の食事にすっぽん丸1匹を潰すため、3名以上であれば8000円からとなるが、2名だと少々割高になる。妹にも声をかけたが、“抜き差しならぬ事情”があるらしく(つまり、すっぽんは彼女のお口に合わないらしい)、結局、母とふたりで出かけることにした。

 白木をふんだんに使った明るく清潔感のある店内は、街のビルの中にあるとは思えないしっとりと落ち着いた雰囲気。個室へ向かう細い通路を伝っていくと、なんとはなしに庭の奥にある離れに足を運ぶような気分になるから不思議だ。木のぬくもりを感じるからかもしれない。通された個室も居心地がよく、くつろいで食事ができる。

 それにしても、すっぽん…。正直、あまり“得意”ではない。これまでにもヘビやカエル、ヤギの血を固めたものなどを食べたことがあったが、すっぽんは実はこれが初めて。美味で健康にも美容にもいいとは聞いているけれど…。お仕度を調えてくれる仲居さんの「明日の朝はお肌プルプルですから」の言葉に励まされつつも、手に汗握って料理を待った。

 果たして、頂いたすっぽんのお味はというと…。まずはレバー(肝臓)とハツ(心臓)、卵の刺身から。レバーは鶏などのレバ刺と似ており、つるっとした食感で、甘みもあってそこそこいけた。生姜醤油に絡めれば、臭い消しにもなる。ハツは人の親指の先ほどの小さなものだったが、これは母に譲った(私は焼き鳥のハツも苦手で…)。黄色い何かの実のような小さな卵は弾力があって、黄身はとろんとして甘い。

 から揚げやあんかけにした蒸し物、鍋などは思った以上においしく頂くことができた。肉は鶏肉にも似た味わい。コラーゲンの塊のような脂肪分はぷるぷるっとした独特の食感で、見た目はちょっと怖いが食べてしまえばそれなりに頂ける。鍋物の澄んだ汁は上品な味で、最後の餅入り雑炊も美味だった。

 多少癖はあるものの、心配していた臭みはさほど気になるものでもない。仲居さん曰く、すっぽんは血抜きが肝心で、いかに丁寧に処理するかで各店の味が決まるのだという。枡形では1時間以上血抜きをしたすっぽんを、ぶつ切りにし、酒と出汁で充分下煮をして味付けすることにより臭みを消し去っているそう。

 しかしやはり、食前酒代わりに出された活血は、本当にごめんなさい、私はダメでした。血は飲みやすいように赤ワインと焼酎で割ってあり、ほんのり甘みさえある。臭いはどうしても若干感じるが、思ったほどでもない。ただ、アルコールは全くいけないくちなので、舌先にちょっとつけただけで断念してしまった。

 総じて心配したほどのことはなかったが、それはきっと、すっぽんを丁寧に下処理しているからこそ、だろう。すっぽん料理のコースにはこの他、向こう付けや刺身(すっぽんではなく、魚の)、デザートなどがついてきたが、どれも料亭ならではの品のいい味付けで、大変満足のいく内容だった。鰻と並ぶ浜松のご馳走、しかと頂いて参りました。

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あつみ
  料理: うな丼(2100円)、うな重(2625円~)、白丼/白重(各2625円)他
  住所: 静岡県浜松市中区千歳町70
  電話: 053-455-1460
  営業時間: 11:30~14:00、17:15~19:30 (鰻がなくなり次第閉店)
  定休日: 水曜日(月1回連休有り)
  URL: http://unagi-atsumi.com/

 慣れない浜松駅近くのモール街を彷徨いながら、目的の鰻料理店「あつみ」を探した。しかし、人に訊くまでもなく、香ばしい匂いがその場所を教えてくれた。

 数寄屋造りの店内は清潔感があり、間接照明の柔らかな灯りもしっとりと落ち着いた雰囲気。噂を聞きつけてここにやって来るのは、何も私だけではない。ガイドブックを手にした先客が、前に何人もいる。順番を待つ間に、店内にある池のような造りの生簀を覗いてみると、底に沈められた筒の中から鰻がひょいと顔を覗かせた。

 地元でも評判のあつみは、明治40年(1907)頃の創業。初代の渥美吉重は浜名湖の漁師だったという。現在は四代目の正弘さんが、創業当時から変わらぬ味を守り続けている。

 生簀で泥抜きをされる鰻は、2年もの脂ののったもの。それを注文を受けてからとってきてさばき、1尾1尾の肉の締まり具合や脂ののり方を見分けて串を打つ。焼き方は蒸しを入れてから焼いていく関東風。

 蒸しを入れているため、余分な脂が落ちてさっぱりとした味になっている。しかし、ふっくらとした焼き上がりは、蒸しのためというより、熟練の焼き加減によるものと言っていいだろう。もちろん、炭火で焼いている。

 この日は定番の鰻重を頼んだが、次回は是非、珍しい「白重」(もしくは白丼)を頼んでみたい。鰻の白焼きはどこにでもあるが、それをご飯に乗せてお重または丼にして出す店は他に見ない。薬味や山葵、生姜醤油をつけて頂くのだそう。鰻本来の味をより楽しめそうな一品だ。

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夏目商店
  土産: 浜納豆(100g315円~)他
  住所: 静岡県浜松市中区成子町36-2
  電話: 053-452-2967
  営業時間: 8:00~18:00
  定休日: 不定休(原則暦通り、ただし、日曜でも営業する場合もあり)

 浜松宿の出外れ、成子町の交差点の手前に古めかしい店がある。店先に掲げられた木看板には、菊の御紋と「浜納豆」の文字。これは、「やまや」という浜松の醸造業者が、明治23年(1890)に開催された第三回内國勧業博覧会に浜納豆を出品した際、明治政府によって用意された看板だという。そう教えてくれたのは、穏やかな物腰の夏目幸治さん、この店のご主人だ。

 しかし、この店の名は「やまや」ではなく、「夏目商店」。それにはちょっとしたワケがある。夏目商店は元々、醸造業を営んでおり、当初は「山三十」という屋号だった。「山三十」の創業は江戸時代にまで遡ることができるそう。ただし、経営者が途中で変わっており、現在の当主である夏目さんの先祖がこの店を譲り受けたのが明治16年(1883)で、以来、夏目さんで五代目となるという。

 ここまでの話の中には、まだ「やまや」は出てこない。「やまや」は、山三十夏目商店より少し前の明治初年の創業で、やはり醸造業。現在は当主の苗字から鈴木醸造という名になっている。この「やまや」こと鈴木醸造と、夏目さんの山三十夏目商店は、元々同じ町内でそれぞれ味噌や醤油、浜納豆の醸造をしていた。しかし、大空襲で浜松が焼け野原となった後、互いに手を取り合って再建に踏み出した。以来、鈴木醸造が醸造を、夏目商店が販売を担当するようになったのだという。

 そして現在も、鈴木醸造は天竜川西岸の材木町の工場で醸造を行なっており、夏目商店は昔と同じ場所で、鈴木醸造が作る醸造商品を売っている。店頭の「やまや」と書かれた看板は、店舗を持たない鈴木醸造から託されたものだったのだ。つまり夏目商店は、名前も経営者も違うけれど、鈴木醸造の直営店のようなものなのだ(鈴木醸造の浜納豆は他店でも販売。また、市内のヤマヤ醤油は昔鈴木醸造から分離した全くの別会社だ)。

 夏目商店の店内には畳敷きの番台があって、いかにも老舗店らしい落ち着いた雰囲気だ。店内が薄暗いのは、建物が古いというだけでなく、扱っている味噌や醤油などへの配慮なのかもしれない。お目当てのものは、狭い店内の壁に面した棚に並べられていた。グラムによって袋の大きさは違うが、中身は一種類、昔ながらの浜納豆だ。

 そもそも、浜納豆が何であるか説明しなければならない。浜納豆とは、その名の通り納豆の一種だ。ただし、納豆菌で発酵された短期熟成のいわゆる納豆と違って、糸は引かない。浜納豆は納豆菌ではなく、麹菌を使って大豆を長期熟成(1年以上)させたもので、粘り気はなく、納豆というよりむしろ、赤味噌に近い味である。いや、赤味噌以上に塩辛いので、塩辛納豆、とでも言うべきものかもしれない。

 その歴史は古く、古代中国の秦代(紀元前221年~紀元前206年)に用いられていた「鼓/シ」と呼ばれる調味料が起源と考えられている。秦に続く漢の時代(前漢・紀元前206年~8年、後漢25年~220年)には食品として「鼓」という塩辛納豆が食べられるようになった。その後、「鼓」は渡来人によって奈良時代の日本にもたらされたが、主に僧侶によって作られていたことから、「寺納豆」とか、中国からやってきたものだから「唐納豆」などと呼ばれていたらしい。

 この寺納豆もしくは唐納豆は、大和や京から街道を辿ってきたのだろうか、遠く浜名湖畔の古寺・大福寺(貞観17年/875創建)などに伝えられた(姫街道「三ケ日」のページ参照)。室町時代には足利七代将軍義勝に始まり、今川義元、豊臣秀吉といった戦国武将たちにも献上されていた。通常の納豆よりも保存がきき、高蛋白の塩辛納豆(浜納豆、当時はまだ寺納豆か?)は、戦国時代には重要な兵糧とされていたようだ。

 また、浜松城に居住した徳川家康の好物だったことでも知られている。一説には家康が作らせたとも言われているが、実際にはそれよりもっと古くから作られていたと考えられる。ともあれ、家康以来、江戸時代を通して歴代将軍に塩辛納豆(浜納豆、寺納豆?)が献上されていたという。

 浜納豆もしくは寺納豆は後に寺ばかりでなく町の醸造屋でも作られるようになった。鈴木醸造の資料によると、浜松の浜をとって、この塩辛納豆を「浜納豆」と称したのは、明治初年頃の当主・鈴木弥助なのだそう。現在、浜納豆を作っているメーカーは浜松や三ケ日などに何軒かあるが、鈴木醸造の浜納豆は地元の人の間でも特に評判が良い。

 夏目さんによると、最も一般的な食べ方はお茶漬けだそう。ほかほかご飯に10~15粒ほどのせて、お茶をかけて頂くと、塩っ辛い浜納豆もいく分まろやかになって食べやすい。もっとも、この塩っ辛さがいいのだ、という意見も多い。お茶漬けにせず、そのままご飯と一緒に食べれば、浜納豆独特の深い味や風味付けの生姜の香りがより一層楽しめる。呑み助であれば、酒の肴として一粒ずつ食べてもいいだろう。

 保存の仕方としては、寒い季節なら常温で。よく、タッパーなどの保存容器に移し替える人がいるそうだが、夏目さん曰くそれはお薦めできないそう。浜納豆は乾燥しやすいが、乾燥すればせっかくの風味が落ちてしまうため、移し変えるのではなく、タッパーやジッパー付のプラスティック・バッグに袋ごと入れておくのがいいのだとか。冷蔵庫も水分を奪うため、夏場でもない限りあまり入れないほうがいいという。きちんと保存すれば1年ほどは持つらしい。ただし、「こんなご時世なので」、袋には2、3カ月の賞味期限が記してある。

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hamanatto-gohan.JPG(浜納豆ご飯の写真をクリックすると大きくなります)