戦国時代を駆け抜けた武将、山内一豊。06年のNHK大河ドラマが『功名が辻』に決まると、主人公である一豊が治めたことで一躍脚光を浴びることになったのが、掛川だ。東海の名城とも賞された一豊の居城・掛川城は、平成6年に天守閣が復元され、平成の城下町を見下ろしている。
江戸の頃には城下町だったせいか、遊女も見当たらないような極めて真面目な宿場町だったという側面もあったようだ。(もっとも、城下町が真面目とは限らないが)
葛のつるの繊維を織り上げた葛布の産地として栄えた掛川だが、鎌倉時代から始まったという葛布作りは今も継承されている。加えて、今では葛粉を使った菓子や葛湯が掛川土産として人気を集めている。
紅紫色の小さな花をつける葛は、古来、薬草として用いられ、秋の七草のひとつにも数えられる植物だ。その根からとれる澱粉を葛粉といい、湯に溶いて食せば体を温めてくれる葛湯となる。子供の頃には、風邪をひくと飲ませてもらった思い出があり、懐かしさを誘われる。
掛川は昔から、上質な葛が山野に自生する産地として知られていた。しかし今では本葛はほとんどとれなくなり、一昔前まで存在した葛粉の生産農家も今では衰退してしまっている。葛湯のみが一人歩きして掛川名物として残っているが、市内の菓子屋で作られる葛湯や葛餅のほとんどが、他の産地から取り寄せる葛粉を使って作っているというのが現状だ。
とはいえ、葛湯ひとつとってみても、葛とその他の澱粉や砂糖の配合によってそれぞれの店の特徴がある。自分好みの葛湯を見つけてみるのもいいかもしれない。葛湯や葛を使った菓子を扱う店を数軒紹介しておこう。
葛湯を扱う掛川の店の中でも、最も古くから営業しているのが大正3年(1914)創業、掛川城にもほど近い通りにある松月堂(掛川市城下2-14、電話0537-22-2997)だ。昔はもう少し駅よりの商店街で菓子屋を営んでいたが、近年になって、菓子屋を畳んで葛湯一本に絞り、現在は店舗を構えず工場だけで運営している。
松月堂では商品のほとんどを通信販売や駅の売店などで販売しているが、工場を訪れればその場でひとつ単位から販売してくれる。冬から春にかけてのシーズンともなると、日々製造に追われているため、梱包した商品がその場にないこともあるが、そんな時には急いで袋詰めにしてくれる。
大正6年(1917)創業、現当主で3代目という梅廼家(掛川市肴町2-8、電話0537-24-2546)の名物と言えば、最高級の本吉野葛を使った葛餅(1本630円)だ。円筒状のチューブ(巨大な腸詰のようにも見える)に入った葛餅は、よく冷やしてチューブごと好みの厚さに輪切りして、黄粉と黒蜜をかけて頂く。香ばしい焦がし黄粉と濃厚な黒蜜が、ともすると淡白な葛餅の味を引き締めてくれる。
通りを挟んで梅廼家の斜向かいにある榊屋(掛川市駅前3-3、電話0537-22-2301)の葛菓子は、「あずき葛豆腐」と「ごま童風」(各800円)だ。「あずき葛豆腐」の方は、水羊羹に弾力をつけた食感。「ごま童風」は甘い胡麻豆腐で、胡麻の風味が豊か。いずれも葛を用いているため、ぷるぷるっとしていて、かつ滑らかだ。冷やして頂くのがいい。
ちなみに、これらの葛菓子以上に榊屋を有名にしているのは、こちらの店が「元祖」という「梅衣」だ(森町では栄正堂という菓子屋が元祖を名乗っている)。
榊屋は元々、明治初年頃に森町で創業した菓子屋。創業当初から作っていたという「紫蘇巻」は、餡入りの薄い求肥を砂糖漬けにした青紫蘇の葉で包んだ菓子だったが、明治30年(1897)、皇族の小松宮に献上した際、「梅衣」の名を賜った。小田原の甘露梅にもよく似た菓子だが、榊屋の紫蘇の葉は青いものだ。榊屋は戦後に掛川に移転、現在は五代目である。
この他、都内のデパ地下などでも売られている桂花園(掛川市仁藤町10-1、電話0537-22-2607)の丁葛(葛湯)や、伊藤菓子舗(掛川市中町3-17、電話0537-22‐2496)の「黒葛・白下葛」(葛餅)なども有名だ。
菓子屋としては江戸時代から続いているという店はほとんど残っていない掛川だが、宿場の入口、馬喰橋の側にある創業200余年の老舗「もちや」は健在だ。
(お菓子の写真はクリックすると大きくなります)
・もちや「振袖餅」
はんなり、たおやかな振袖餅 → click!
その他のおいしい立ち寄り情報
椎の木茶屋
料理: 茶屋弁当(1890円)、釜飯膳(1575円)、えびす膳(3675円)他
住所: 静岡県掛川市領家1495
電話: 0537-22-3608
営業時間: 11:00~14:00、17:00~21:00
定休日: 水曜日(祝日は営業)
URL: http://www.nande.com/siinoki/
掛川宿と袋井宿の境にあった間の宿・原川。かつては市場が立ったというこの辺りは、今でも田園風景の中に松並木が続き、アスファルト舗装ながら旧道の名残を感じさせて情緒がある。
その松並木沿いに大きな店を構えるのが、椎の木茶屋である。屋号の由来は原野谷川にかかる同心橋の袂に立っていたという椎の巨木で、藩政時代に掛川藩主太田備中守の御休息所として建てられた茶屋だ。所在地も「領家」というくらいで、由緒ある土地柄であることが伺える。
後に下附され、明治元年(1868)には明治天皇が新都東京に行幸される際に「椎の木屋伊藤又左衛門方」で御小休されたという記録が残っているという。
現在は、茶屋というより割烹の体の椎の木茶屋では、個別の部屋に通され、ゆっくりと食事を楽しむことができる。お薦めはしっかりとした味付けの名物「釜飯」。各種揃ったお膳に追加で注文することができる。ひとり分にはやや量が多いが、歩き旅には丁度いいくらいかもしれない。
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