和菓子街道 東海道 府中 増田屋

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和菓子の美学を教えてくれた手作り最中

 静岡市内を走る旧東海道からは少し離れているけれど、どうしても紹介しておきたいお店がある。旧東海道から離れていると言ったが、実はそれよりもっと古い時代の東海道とはわずか1筋違い。新通りに対して本通りと呼ばれる大きな通りは、初期の東海道とされていた道で、この新旧ふたつの通りは安倍川の手前で合流する。

 初期東海道である本通りは今では交通量の多い広い通りだが、そこから1筋入ると、小さな商店や民家が建ち並ぶ静かな裏通りになる。創業は今から200余年前の幕末の頃という老舗の「増田屋」も、市街地や本通の喧騒を逃れるように閑静な通りにひっそりと店舗を構えている。

 静岡でも指折りの老舗と聞いていたため、どんなかしこまった店だろうと想像を巡らしながら店を訪れた。しかし、案に相違して、「創業二百年」だとか「老舗」だとかいった表示はどこにもなく、いたってつつましい佇まい。小綺麗な店構えで、軒の上に増田屋と書かれた大きな木の看板が掲げてあるのみだ。

「江戸時代末期、ペリーの来航(嘉永6年/1853)より少し前の創業と伝え聞いていますが、確かな年号までは分かりません。私で四代目になります」

 店の佇まい同様、ごく謙虚な口ぶりでそう説明してくれたのは、現当主の増田元治郎さんだ。息子さんである未来の五代目と共に、現役で菓子作りをしている。

「うちで作るお菓子は、本当に昔ながらのものばかり。苺大福だとかいった新しいものはやりませんねぇ」

 最近は和洋折衷は当たり前、和風スウィーツが大人気というご時世。しかし、小手先だけ変えたもの、流行ものはいつか廃れる時がくることを、増田さんは長年の経験からよく知っている。

 だから、増田屋では素朴ながら、誰もがおいしいと自然に感じる和菓子を作り続けている。新しいお菓子は作らないという意味ではなく、あくまで基本的な「和菓子」の姿にこだわりを持っているのだ。増田屋の菓子が地元静岡の茶人の間で人気が高いのも、この基本があるからこそである。

「和菓子というのは、千利休が茶道を確立して以来、ちょっとずつ進歩してきたものです。変わるのにはそれだけの長い時間を要するものだと思います。目新しいものを作るより、昔からあるものを掘り下げていく方がずっと難しい。というより、昔からあるものを研究するだけで、相当の時間の労力が要るんですよ。従来のものを超えることなど、なかなかできないはずです」

 そう増田さんはしみじみと語る。歴史を重ねて深みを増している和菓子を理解し、敬意さえ抱いている本物の和菓子職人らしい言葉だ。

 そんな増田屋の看板菓子は、戦前に先代が考案したという「柚子香」だ。静岡と言えば、みかんなどの柑橘類の産地。柑橘類を使った菓子を作れないものかと模索して辿りついたのが、柚子を使ったこの最中だったという。

 直系3.5センチほど、最中としてはごく小ぶりな柚子香は、現在は紅白の梅を模った皮に柚子餡を詰めたもの。当初はシンプルな丸型だったが、それでは面白みに欠けると、現在では梅型を用いている。

 大きな声では言えないが(言ってるけど…)、最中というのは実は多くの菓子屋にとってとても扱いやすく、お手軽な菓子なのだ。大きな工場を有している店は別として、一般的な菓子屋では最中の皮は種屋(最中皮製造所)に頼んで焼いてもらっている。

 店オリジナルのデザインの型で、焼き加減なども指定して作ってもらっている店もあれば、種屋が用意するサンプルをそのまま利用している店もある。太鼓型だったり家型だったり、全く違う都道府県の全く違う店なのに、全く同じ形の最中があちこちにあるのはこのためだ。

 店ではそうして用意した皮に餡を詰めるわけだが、ここでも自家製餡を使う店と、製餡所から買う餡を使う店とに別れる。後者ともなると、皮も餡も外注で、包装だけしているというわけだ(それさえ外注の店もある)。最中は日持ちする上、型崩れもしにくいし、手間もかからない。だから菓子屋にとって、最中はともすると実に楽な菓子になりうるのだ。

 ところが、多くの菓子屋が楽をしている最中という菓子に対して、あえて計り知れない労力を注ぎ込んでいるのが増田屋なのだ。独自の餡作りはもちろんのこと、皮まで自家製で作っている。これまでに多くの菓子屋を取材してきたが、自分の店で最中皮まで焼いている店には初めて出会った。

 増田屋でも以前は種屋に最中の皮を作ってもらっていたが、5年ほど前から店の奥に特製の機械を設置し、最中の皮を自家製で焼くようになった。思う通りの型を思う通りの堅さ、食感に焼き上げたいという熱意から、種屋で焼いてもらうのでは満足いかなくなってしまったのだ。何より、店の奥で作る最中皮だから、より新鮮な状態で使うことができるというのが一番のメリットのようだ。

 作業部屋に入った途端、むっとした熱気に包まれた。暑い!訪れた日は真冬といっていい2月だったが、この部屋の中はまさに南国のよう。作業をする職人さんは大きな機械の前に座って、皮の種となる餅をひたすら焼き型に落とし入れている。紅白の餅はそのまま食べる普通の餅より若干堅めに搗いてあり、長さ2センチ、幅1センチほどの小さな短冊状に切ってある。もちろん、この餅も自家製だ。

 凹型にひとつずつ入れた餅は、上から下りてくる凸型にプレスされ、焼き釜の中へと入っていく。機械は円形になっており、1回転すると凸型が持ち上がって焼きあがった皮が姿を現す。これを手早く型から外して(半分くらいは自然にはがれるが)、空いた型に再び種餅を投入する。作業そのものは単純だが、根気がいることは確かだ。何より、暑い。

「夏なんて大変だよ。暑いのなんのって。女性ならダイエットになるよ(笑)」

 と職人さん。しかし、さっさと餅を型に入れ、焼きあがったものは串で軽く触れて型からはがす様子は実に慣れたもの。小気味良い動きを見ていると、この暑い部屋の中でも爽やかささえ感じるから不思議だ。

 柚子香には紅白の2色の皮があるが、各色を1日3000枚ほど焼くという。皮焼き機には8組の焼き型が取り付けられており、各焼き型に6個ずつ、梅の形の型がついている。1組の焼き型が機械を一回転するのに要する時間は約2分。お昼から皮焼きの作業を始めても、夕方4時頃までかかってようやく紅白の最中を焼き終える計算になる。

 焼きあがったばかりの皮を試食させて頂いた。まだぬくもりのある皮は軽く、口に入れるとサクッと割れる。実際に使う時は冷ましてから餡を詰めていくが、完全に冷めた状態だともう少ししっかりとした食感になるのだそう。

 それにしても、この皮そのものが実においしい。ほのかな甘みが舌に広がる。餅には甘味は一切加えていないのに、この甘さ。もち米本来の持つ、優しい天然の甘さなのだ。よく、上あごにくっついて食べづらい最中皮に遭遇するが、これは違う。口の中でさっと解ける。味、香り、食感、見た目ともに実に上品な皮なのだ。

 こうしてできた皮に、やはり自家製の餡を詰めていく。柚子香用の餡は、白いんげんの漉し餡にジャム状にした柚子の皮を混ぜたものなのだが、これを作るのがまた大変。毎年10月半ば頃から11月初旬に大量の柚子を仕入れ、表面の皮だけを1個1個、丁寧に手剥きするのだ。

「1年分をこの時期にまとめて用意します。昨年も200~300キロ分の柚子の皮を剥きましたよ」

 とご増田さん。柚子は揮発性であるため、乾燥させた皮を使ったのでは風味が落ちてしまう。だからジャム状にして保存する。製菓用の柚子ジャムやペーストなどは問屋からいくらでも手に入るが、そこはやはり自家製にこだわりを持っている増田屋にとっては譲れない部分だ。

 特製の柚子餡は、新緑を思わせる鮮やかな緑色。透明感があり、ところどころに柚子皮の粒が残っている。しっかりとした甘みの中にも、柚子独特のほのかな苦味があり、その清々しい香りと共にすっと鼻の奥に広がっていく。舌触りは滑らかで、とろんとした食感がしばしの間奥深い味と香りを舌の上に留めておいてくれる。

 この美しい柚子餡を、熱の取れた皮に入れていくのだが、通常の最中よりも小ぶりであるため、ここでも熟練の技が必要とされる。軽い皮は強く持ってしまうと潰れてしまうが、かといって油断するとするりと指の間から落ちてしまう。皮が小さいため、慣れないと餡が指についてしまい、皮の表が汚れてしまう。そうなると完成した後に最中同士がくっついてしまう。

「最初の頃は何度も手を拭き拭き餡を詰めていました」

 と、ベテラン職人さん。今では指に餡がつくこともなく、ものの数秒で1枚の皮にさっさと餡を詰めて、もう1枚を被せていく。あっという間に柚子香の山ができていく。素人目にはきめ細かく軽い皮のため、餡を詰めると皮が“泣いて”(沁みて)きてしまいそうだが、そこはやはりこだわり抜いて作っている皮だけあって、心配はないようだ。

 こうして完成した柚子香を、改めて手にとってみる。雪のように真っ白な白梅と、うっすらとした桃色の紅梅。その可愛らしい形と軽さ、ふわっと鼻をくすぐる柚子の香りが、なんとも言えない上品さを醸している。

 一見、ごく素朴な小梅のような形だが、よく見るとねじ梅の意匠になっていることに気付く。梅という季節を限定してしまうモチーフも、ねじ梅にすることで抽象化され、季節を問わず楽しむことができる菓子になっているのだ。

 この抽象化こそ、日本文化の粋とでも言うべき概念ではないか。菓子はもちろん、着物や器などの模様、家紋など、日本文化のあらゆる側面に、抽象化された文物の姿を見ることができる。

 抽象化されることによって、対象物は元の風情を残しつつも現実からほんの少し距離を置くことになり、非日常の美しさをまとうことができるようになる。京都の菓子が洗練されていると言われる理由のひとつとして、抽象化があげられるのもそのためだ。

 この柚子香が茶席に多く用いられるのには、やはりそれなりのわけがあるのだ。茶席に用いる菓子は決して主役になってはならない。あくまで、茶を引き立てる名脇役でなければならない。主張し過ぎることなく、さりげなく粋であり、かつ基本をまっとうしている、まさにそれが柚子香に代表される増田屋の菓子なのだ。

 とはいえ、茶席でもない限り、もちろん菓子が主役になってもいいはず。その辺りもぬかりはなく、柚子香だけで充分独立したひとつの美しさとおいしさを持っている。さすが、である。これは柚子香に限らず、他の増田屋の菓子にも言えること。例えば「よろづ代」。表面が軽く乾く程度に乾燥させた淡雪に、うっすらと卵の黄身を刷毛で塗り、鉄板でさっと焼き付けたもので、こちらも人気が高い。

 淡い黄色地の四角なこの菓子を手に取ると、ふんわりと柔らかく、かつ適度な弾力がある。そっと口に入れると、しっとりとした淡雪の生地。甘く、柔らかく、実に優しい味がする。この味や食感もやはり、機械では作り得ないものだとご主人は言う。

 淡雪の元となる卵白は、しっかり目にあわ立てることによって程よいコシが生まれるが、機械であわ立ててしまっては柔らかすぎて物足りない食感になってしまうのだという。

 六方に切った淡雪の表面は、1面に黄身を塗ってはごく弱火で焼くという作業を繰り返し、6面を焼いていく。弱火にするのは、焦げないようにというより、淡雪が溶けてしまうのを防ぐため。柚子香同様、これまた全て手作業による手の込んだ菓子なのだ。

 この他、お茶を練り込んだ皮で胡麻入りの漉し餡を包んで表面を焼いた「茶通」、黄身餡で白餡を包んで花形に仕上げた「桃山」、潰し餡入りの焼き饅頭「本饅頭」、カステラ様の生地に漉し餡を入れた「唐饅頭」、漉し餡の玉を真っ白なすり蜜(石衣)で包んだ「松露」など、増田屋の菓子はどれもお茶と共に味わうことを前提としているのか、コクのあるしっかりとした甘さながら、後味はさっぱりとしていて、決して重く感じない。掌にほどよく納まる程度の大きさも品がある。

 驚いたことに、これらの菓子はいずれもひとつ75円(松露は55円)。今時、ここまで手間をかけた手作り菓子にこの値段は通常では考えられないところだが、この店のファンは何もこの値段だから増田屋を利用しているわけではない。やはりこの味と品位があるからこそ、愛されているようだ。

「単価を上げるのは簡単なことです。おいしくて値段も手ごろな菓子を作ることが難しいのです。安いからといっていい加減なものを作ったのでは信頼されません。安いから買ってもらえるのではなく、おいしいから買ってもらえる菓子作りを心がけています」


 量産できないものを来る日も来る日も手作りし、なおかつ質を落とさない。もちろん、素材選びにも決して手を抜かない。卵ひとつとっても、自家製の餌を与えて鶏を飼育する農家の卵を使用している。増田屋が「任せて安心できる店」として地元の人々に愛されているのは、ご主人のこの謙虚な姿勢と老舗らしい誇りがあるからなのだろう。

「菓子というものは、味わうばかりでなく、それを見て何かを連想させる、感じさせるものでなければいけないと思います。それを常に心がけて菓子を作ることが大事なんですね」

 ひとつひとつの菓子を、真心を込めて丹念に、慈しんで作っていく。言葉にしてしまえば簡単なことだが、それはとてつもなく繊細で、継続していくことの難しい仕事だ。それを誇示することなく、謙虚に、地道にやってのける。そんな真摯な姿もまた、この店が200年以上も地域の人々に「守られて」きた所以なのだろう。

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店舗情報

増田屋
  菓子: 柚子香(10個336円~)、松露(1個55円)
       茶通、桃山、よろづ代、本饅頭、唐饅頭(各1個75円)他
  住所: 静岡県静岡市葵区屋形町4
  電話: 054-252-6967
  営業時間: 8:00~19:00(日・祝日は~17:30)
  定休日: 月曜日