和菓子街道 東海道 府中2

府中宿の続き・・・

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その他のおいしい立ち寄り情報

浮月楼
  料理: 名園懐石(6038円、平日昼のみ)、府中懐石(昼9660円~、夜12075円~)
       ※要予約、2名~。日時は予約時に応相談
浮殿
  料理: 昼…浮殿弁当(2656円)、慶喜懐石(5313円)他
       夜…コース料理(6006円~)他
  営業時間: 11:30~15:00(L.O.14:00)、17:00~23:00(L.O.22:30)
  定休日: 月曜日(休日の場合は営業)、日曜日は昼のみ営業(翌日が休日の場合は夜も営業)
ホテルガーデンスクエア静岡
  宿泊: シングル(6800円~) ※朝食は前日までの申し込みなら+700円
  住所: 静岡県静岡市紺屋町11-1
  電話: 054-252-0131
  URL: http://www.fugetsuro.co.jp/

 江戸幕府十五代にして最後の将軍、徳川慶喜(1837~1913)。将軍職に就いていたわずか1年あまりの間に、政治や軍備など多方面で幕政改革を試みており、名ばかりではない将軍としての働きを見せた。しかし、明治元年(1868)4月、西郷隆盛と勝海舟との会談で江戸城の無血開城がなされると、徳川家存続の条件と引き換えに謹慎の身となった慶喜は、一旦水戸へ移される。

 その後、同年7月には駿府へ移されると、徳川家ゆかりの宝台院(静岡市常磐町)の一室に閑居。その2ヵ月後の9月に謹慎が解かれた後は、政治に一切関わることなく、ひたすら趣味の人として余生を暮らした。駿府時代、慶喜は地元の人々から“けいきさん”“けいきさま”などと親しみを込めて呼ばれていたという。

 そんな慶喜が宝台院を引き払って、すぐ近くにあった徳川幕府の元代官屋敷に遷居したのは、翌明治2年(1869)10月のこと。以後20年をこの屋敷で過ごしたという。

 屋敷に移ってすぐに慶喜が着手したのが、庭造りだった。当代随一と謳われた京の庭師・七代目小川治兵衛(京都の無隣庵、平安神宮など)に命じて造らせたのは、池を巡る池泉廻遊式の庭園で、広さ二千余坪という広大なものだった。

 悠々自適な生活を送った慶喜は、、新しい時代への好奇心も旺盛だった。当時の日本にはまだ数台しかなかったという自転車を乗り回して、屋敷の側を流れていた小川に自転車ごと落ちてしまったこともあったとか。その他、油絵や写真、狩猟など幅広い趣味を持っていた。

 慶喜がこの屋敷を辞し、市内の西深草に建てた新邸に移ったのが明治21年(1888)。東海道鉄道が開通することになり、その喧騒を避けたのだと言われている。その後、この旧慶喜邸(つまり旧代官屋敷)は一時、静岡市内戸帳役場の共有物とされていたが、明治23年(1890)、名蹟保存を条件に屋敷は払い下げとなり、翌明治24年(1891)には料理屋「浮月亭」がこの場所に開かれた。建物や庭、池などは、ほぼ慶喜が暮らした当時のままの姿で残された。

 ところが、浮月亭はわずか1年未満で大火のため全焼してしまう。旧来の建物が灰と帰してしまったため、新たに二階家を建て直さなければならなかった。庭は変わることなく残ったのは不幸中の幸いであった。大火のあった明治25年(1892)の6月には浮月亭は「浮月楼」と名を変えて再出発。その後、明治から昭和にかけて伊藤博文、西園寺公望、井上馨といった元勲や画家の黒田清輝をはじめとする文人墨客・芸術家をもてなしてきた。

 戦争を経て、時代が変わった今も、慶喜が愛でた庭園をそのままに浮月楼は静岡随一の迎賓館の役割を担っている。敷地内に立つと、街中とは思えない静寂が足元から広がる。

 本館のロビーを入ると第一に目に留まるのが、「萬事莫如花下酔百年渾似夢中狂」(万事花下に酔うに如くはなく、百年渾て夢中に狂するに似たり)と記された明治末期の慶喜の書だ。幕末の動乱期を経て、三十二歳の若さでの完全なる隠居となった慶喜の思いが込められているようだ。

 浮月楼での食事は2名以上、要予約ということなので、この日は予約なしで気軽に利用できる敷地内の桟敷「浮殿」で食事をすることにした。昼のメニューは弁当2種と懐石1種、あとはデザート類のみ。季節によって特別なランチメニューも登場するが、この日はそういったものがなかったので、散々迷った挙句、可愛らしいわっぱ重の浮殿弁当を頼んだ。慶喜懐石ならより季節感のある内容ということだったが、ボリュームが多すぎて。

 料理を待つ間、庭を散策してみた。かつて慶喜が舟遊びをしたという大きな池には、見事な枝振りの栴檀の木が影を落としている。池の対岸、高台になっているところに見えるのは、子福稲荷。江戸時代、ここが代官屋敷だった頃には縁日ともなると庭を開放して、一般庶民もこのお稲荷さんに参拝したのだという。傍らの石碑には享保18年と彫られているらしいが、確認することはできなかった。

 席に戻る頃には、折りよく料理が運ばれてきた(あるいは私が戻るのを待っていてくれたのだろう)。お口取りや焼き物、揚げ物、炊き合わせなどが入ったわっぱの三段重に、マグロのやまかけ、赤だし、ちりめん山椒ごはん、香の物が丸盆の上に乗せられている。その様子が、目の前に広がる慶喜の庭園のようだ。

 ご飯茶碗の蓋には「葵の御紋」が(笑)。料理はどれも一口で頂けるほど少量ずつで、女性には丁度よい。また、ランチタイムには甘味とコーヒーまたは紅茶がサービスされるのも嬉しい。

 オーナーは何度か変わっているらしいが、現オーナー家の経営となってからは三代目という。明治以来の「旧蹟保存」の約束は、経営者が移ろいでも変わることなく守られている。庭を眺めながらの楽しい食事の間、“けいき”さんが芝生の庭を自転車で横切っていくのが見えた…というのはただの幻想か。

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fugetsurou-ukidono-bento.JPG(料理の写真をクリックすると大きくなります)

あなごや本店
  料理: うな重「坂東太郎(2700円)、あなご丼・上(2000円)他
  住所: 静岡市葵区新通り1-2-3
  電話: 054-253-0054
  営業時間: 11:00~14:00、17:00~21:00
  定休日: 不定休
  URL: http://www.anagoyahonten.jp/

 府中の旧東海道筋の新通に江戸時代から続く老舗料理店があるというので、訪れてみることにした。最初の街道歩きの際には土砂降りの中を歩いたため見落としていた店で、二回目に新通辺りを歩いた時には、なにやら古めかしい料亭風の建物から、人がぞろぞろ出てくるな、と思って眺めていた。そして、3回目に店の前を通った際には、立ち寄ろうにも立ち寄れる様子ではなかった。なぜなら、建物が取り壊しの真っ最中だったからだ。

 老舗がまたなくなってしまうのかと、ショックを受けたが、そうではなかった。案内板を見ると、どうやら全面改築するらしく、仮店舗を別の場所に設けて営業中とのこと。急いでその仮店舗のある常磐町一丁目まできたが、既にお昼の2時を回っており、休憩時間に入っていた。そして、四回目の正直で、ようやく営業時間中の仮店舗を訪れることができたのだった。

 その店の名は「あなごや本店」。文久2年(1862)の創業で、五代目のご主人・稲森秀明さんが毎日、自ら腕をふるって料理している。この稲森さんがまた凄い人で、料理のみならず、趣味の世界でも多芸多才ぶりを発揮しているお方だ。バイクにサーフィン、グライダー、飛行機と、なんでもこなす達人で、特にグライダーの日本選手権では過去に二度も優勝している腕前。静岡県航空協会理事も務めていらっしゃるのだとか。

 さて、あなごや本店に話を戻そう。新通にあった旧店舗は、庭園や能舞台まである料亭だったようだ(新築後も能舞台は再現されると思うが)。店名からも分かるように、当初は大浜(静岡市)で獲れる穴子が売りの店として出発。鰻料理が主軸となった今でも、穴子料理は丼ものから白焼きまで取り揃えている。

 現在、あなごや本店が使用している穴子は東京湾で水揚げされる上質のもの。寿司屋のネタとしての穴子はどちらかというと痩せたものが好まれるようだが、あなごや本店では身の厚いものをあえてこだわって使っているという。穴子はまず、半身を備長炭の火で香ばしく焼き、もう半身は酒や味醂などでふっくらと白煮する。これに、伝統がにじみ出る自家製のタレを絡める。タレは穴子の煮汁を更に煮込んでとろみをつけたものだ。

 あなごや本店の穴子料理の中でも、特に人気が高いというのが「あなご丼」。焼き穴子を熱々ご飯の上に乗せてあるばかりでなく、ご飯の中にも細かく刻んだ焼き穴子が混ぜ込まれているという、なんとも贅沢なお丼だ。

 ところが、仮店舗を訪れたこの日、店を埋め尽くすスーツ姿の人々がこぞって「坂東太郎!」「坂東太郎!」と注文していたため、私もつい、「坂東太郎!」と注文してしまった。噂のあなご丼をあれほど楽しみにしていたはずなのに…。しかし、これは決して失敗ではなかった。

 あなごや本店の鰻に対するこだわりは半端ではない。まず、季節に合わせた国産鰻を使っていること。例えば、通年手に入るのは前出の千葉県銚子産の養殖ブランド鰻「坂東太郎」や地元吉田産の鰻だが、大井川の養殖ブランド鰻「大井川共水」などは二月の末辺りからでなければ入荷しない。利根川産天然鰻「坂東新之助」(あなごや本店命名)は5月~10月頃まで。それぞれの時期に最もおいしい鰻を提供するようにしているのだ。

 この日はまだ天然ものや「大井川共」の時期ではないとのことで、大方の客が「坂東太郎」を頼んでいたようだ。もっとも、この坂東太郎こそ現在のあなごや本店の看板。静岡県内ではこの店でしか味わうことができない鰻なのだ。

 「坂東太郎」の特徴はというと、無駄な脂の多すぎる一般の養殖ものとは違い、限りなく天然鰻に近い質の脂を持っていること。さらっとした脂は口の中でぱっと広がってすぐにすーっと消える。これが、しつこくなく、上品な脂というべきものだ。また、サシの入り方も天然ものに近く、身が引き締まっているため適度な弾力がある。

 その一方で、お肌の味方のビタミンEや、「学習機能を向上させる」といわれるDHA、「動脈硬化予防」「善玉コレステロール値増加」などの働きがあるとされるEPAなどは、天然や一般的な養殖の鰻よりもはるかに高い数値を出している。更に、旨み成分のアスパラギン酸は天然ものの約2倍。一般的な鰻のほとんどがイワシを餌にしているのに対し、「坂東太郎」はスケトウダラ粉末と生アジのすり身を混ぜたものを餌にしていることと、天然に近い状態で養殖されていることが、違いを生むようだ。

 女将さんに頂いた資料に書かれたそんな薀蓄を読みながら待つこと数十分。まだ見ぬ「坂東太郎」への妄想が頭の中いっぱいに広がった頃、お重が席に届けられた。鎌倉彫の美しいお重の蓋を取ると、香ばしい香りと一緒に温かな湯気が中からふわっと立ち上る。テリのきいた艶やかな鰻に早速箸をつけると、ふわっと切れて、うっすらと汁が染み出る。想像以上においしかった。さっぱりとした脂は、甘さ控えめのキリッとしたタレとほどよく溶け合っている。

 最近では、天然ものより脂の乗った養殖ものの方がおいしいというのが通説となっているが、この「坂東太郎」は天然の良さと養殖の良さを見事に併せ持っている。身のしまり方といい、旨みといい、柔らかさといい、ほどよい脂の乗り加減といい、まさに理想の鰻といったところだ。添えられた肝の煮物や肝吸いもおいしかった。肝吸いはかつおの香りがきちんとして、ここでも手を抜いないのがよく分かる。

 帰りがけに、女将さんが「これ、どうぞ」と持たせてくれたのは、厨房を手伝っているという娘さんの手作りクッキーだった。

 甘さ控えめでバターの香り高いクッキーで、けしの実のぷちぷちっとした食感がアクセント。鰻粉を混ぜているというが、鰻の臭いは気にならず、表面にふりかけられた山椒がバターの香りに混じってほのかに香る。父上同様、娘さんもまた多芸多才、なのかな?

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anagoya-honten-cookies.JPG(料理とお菓子の写真はクリックすると大きくなります)

求友亭
  料理: 茶箱弁当(4500円)、懐石料理(10000円~)他
       ※2名~、要予約。
  住所: 静岡県静岡市葵区常磐町1-6-1
  電話: 054-252-0250
  営業時間: 11:00~14:00、17:00~22:00
  定休日: 日曜日、祝日

 繁華な静岡の中心にあって、そこだけがしっとりとした静寂に包まれている。20年ほど前に改築された母屋の佇まいはひそやかで、水を打った敷石を踏みしめて内に進むごとに、凛とした心持ちになる。かつては伊藤博文が書いたという看板は戦災で焼けて今はもうないが、純和風の佇まいが品格と伝統を感じさせる。

 料亭の名は「求友亭」。明治13年(1880)以来、当主四代に渡って多くの文人墨客をもてなしてきたその気風は、今もここに息づいている。商談や慶事の席として利用されることの多いという求友亭は、懐石料理の老舗として知られているが、昼の席であれば「茶箱弁当」「松花堂弁当」といった手ごろなお弁当料理も用意してくれる。

 茶箱弁当といえば京都の美濃幸が有名。お点前道具一式を仕組んだ携帯用の茶箱を器にして、中に茶懐石の点心などを盛り込んだ料理だ。美濃幸の場合、棗などの茶道具が実際に料理の器として使われているが、求友亭も茶箱に季節の料理を忍ばせて出してくれる。香合に見立てた小さな蓋付の器も箱の隅に置かれている。料理は、新鮮な刺身やしんじょ、鰻入りの煮こごりなどがあり、地元静岡の幸を盛り込みつつ、かつ洗練されたもてなしの心を感じる。

 お弁当といえども、通される部屋は次の間と手洗いまでついた完全な個室。外の喧騒を遮断した静かな空間で思う存分料理を楽しむことができるように配慮されている。座ると視線の高さが丁度合うように工夫された窓からは、苔むした石や燈籠を配した庭を拝見することができる。目で、舌で、空気で楽しむ求友亭の茶箱弁当。たまにはこんな風流も楽しんでみては。

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kyuyutei-chabako-bento.JPG(料理の写真はクリックすると大きくなります)

割烹 佐乃春
  料理: 興津膳(1680円)、西園寺公復元会席コース(10500円~)他
  住所: 静岡県静岡市葵区両替町1-4-8 静岡キャッスルホテル2階
  電話: 054-253-0177
  営業時間: 11:30~14:00、17:00~22:00
  定休日: なし
  URL: http://www.sanoharu.com/kappou.html

 伊勢丹の裏手の静かな通りに面して建つ静岡キャッスルホテル。コンクリート建ての外観からは想像がつかないが、実はこのホテルの母体は、明治初期創業の佐乃春という料亭だ。現在の当主で四代目という老舗で、ホテルの2階部分にある「割烹 佐乃春」が、明治以来の味の伝統を守り続けている。

 佐乃春の名物はというと、興津鯛。ご存知、白甘鯛の干物で、佐乃春の代名詞と言われるほど高い評価を得ている。今ではすっかり高級食材となった興津鯛を、比較的リーズナブルな値段で頂くことができるのが、定食料理の「興津膳」だ。この料理につく前菜や小鉢料理もさすが老舗料亭の味といったところが、興津鯛には一種の衝撃さえ感じる旨さだ。

 脂の乗った上等な白甘鯛を、調理長自らが腕を振るって半生状態になるように軽く日干しし、遠火でじっくりと丹念に焼き上げる興津鯛は、干物という食べ物に対する概念を打ち破る高級感溢れる味わい。

 味醂で照りを出して焼いた表面は黄金色に美しく輝いており、箸を入れるとふっくらとした白い身がほろりとほぐれる。塩加減もほどよく、身の甘みと旨みが存分に引き出されている。なんとも贅沢な余韻に浸ることができる干物である。貴重な白甘鯛は漁の状況によって入荷しない日もあるため、「興津膳」もあらかじめ予約しておくのが賢明。

 この佐乃春の興津鯛をこよなく愛した人のひとりに、公爵にして最後の元老と言われた第12代および第14代内閣総理大臣の西園寺公望があげられる。興津に構えた別荘・坐漁荘に居住した西園寺公爵は、興津鯛のみならず折に触れて佐乃春の料理を所望したようだ。佐乃春の料理人は、迎えにやってくる公の車に乗り込んで、幾度となく坐漁荘で調理をしたという。

 また、昭和11年2月26日に起こった歴史に名高い「2.26事件」の折には、公は坐漁荘への襲撃を警戒して静岡県庁の地下室へ避難しており、そこでもわざわざ佐乃春に料理を頼んだという逸話まで残っている。もちろん、公が隠れていることは極秘。佐乃春の料理人たちはこっそり、慎重に地下まで料理を運んだのだとか。

 公が好んで食したのは、どんな料理だったのか。それを今に再現したのが、「西園寺公復元会席コース」だ。昭和11年~15年にかけて、佐乃春が公のために用意した料理の品書きが残されており、それを基に、入手可能な食材と再現可能な調理法で公の食卓を再現。公爵気分を満喫できるコースになっている。こちらも、3日前までに予約を。

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sanoharu-okitsudai.JPG(料理の写真はクリックすると大きくなります)

うおかね
  料理: 駿河名物御膳(3645円~) ※2名~、2日以上前から要予約。
       アラカルトランチ(1050円~)、うおかね名物弁当(1785円、持ち帰り用)他
  住所: 静岡県静岡市葵区馬場町33
  電話: 054-252-0394
  営業時間: 11:30~14:00 17:30~21:00
  定休日: 月曜日(予約あれば営業可)
  URL: http://www2.wbs.ne.jp/~uokane/

 駿府城址西の浅間神社門前町・浅間通り商店街を200メートルほど行った左手にある「うおかね」。ペリー来航よりも以前からこの地で商売をしている界隈でも指折りの老舗で、店構えもいかにも敷居が高そう。しかし、案に相違して、玄関を入ると女将さんが温かい笑顔で迎えてくれるので、気持ちがすっと楽になる。

 うおかねは、江戸時代末期の嘉永2年(1849)、魚屋の「肴屋兼吉」として出発。魚屋とはいえ、明治元年(1868)に徳川慶喜が駿府入りした際には同行の家臣が肴屋兼吉宅に滞在したことからも、当時からそれなりに格式は高く、信頼が篤かったことが想像される。

 本格的な料理屋となったのは三代目の頃からで、その際、屋号も「宇我兼」と改めている。料理屋としてもすぐに評判を高め、昭和初期、四代目は当時配属されていた巡洋艦「八雲」に高松宮が乗艦すると、宮の御料理番として仕えたとの記録も残されている。昭和20年に静岡空襲で家屋が全焼するが、屋号を「魚兼」に変えて再出発。その後、平成5年になって店舗を新築した際には、改めて「宇我兼」(通常はひらがなに開いて「うおかね」)とし、現在に至っているという。

 五代目も板場に立って現役で「手伝い」をしているが、うおかねの現在の主軸は六代目の高木一浩さん。コース料理以外は予約なしでも気軽に利用できる上、値段もかなり手ごろで、ランチタイムともなるとひっきりなしに客が訪れる人気店だ。

 高木さんの方針なのだろう、五代目・六代目の女将さんから仲居さんに至るまでとにかくみんな親切で、客ひとりひとりをとても大事にしているのがよく分かる。かく言う私も、本来なら2名以上からでなければ予約できない「駿河名物御膳」を、融通してもらって1名のみの予約で頂くことができた。

 1名のみということで、2階にあるカウンター席(そう、カウンターなのに2階なのだ)に通された。座敷にはかなりの人が入っており、仲居さんが「鮪トロステーキ!」「鮪トロステーキ!」と連絡を取り合う声がちょっと離れたカウンター席にまで聞こえてくる。

 予約なしで食べられるアラカルトランチは1050円。鮪トロステーキや鮪トロを自家製タレで漬け込んでフライにした鮪トロカツがつくと1260円になるが、それでも充分お得で、どうやらみんなこれがお目当てらしい。

 そうか、トロステーキか。それにすればよかったかな、と思ったが、予約しておいた「駿河名物御膳」にもちゃんとトロステーキが入っているらしく、ほっとした。脂がのった上等の鮪のトロを、4センチほどに分厚く切り、さっと焼いて醤油ベースのタレをからませてある。アクセントの下ろし生姜が、甘めのタレを引き立ててくれる。柔らかく、しっとりとしてジューシーで、これとご飯だけでも充分満足な逸品だ。

 その他、「駿河名物御膳」というだけあって駿河湾の幸がてんこ盛りのコース料理で、生桜海老や刺身(もちろん鮪トロもたっぷり)、静岡おでんに桜海老のかき揚げなどがついてくる(コースの値段や仕入れによって内容は異なる)。さすが、魚屋として出発しているだけのことはあり、海産物にとても強い料理屋のようだ。

 うおかねの料理をテイクアウトできたら、という人には、「うおかね名物弁当」を作ってもらうことをお薦めする。鮪トロステーキや、鮪カツ、白身魚のすり身に桜海老を混ぜ込んだ桜揚げ団子、季節の前菜に炊き込みご飯などが八角形の折に入れられている。例えば桜咲く駿府城址でうおかねのお弁当を広げてお花見、なんていうのも一興だろう。

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uokane-oden.JPG(料理の写真をクリックすると大きくなります)

天文本店
  料理: 桜海老茶漬(840円)、駿河の幸コースB(3150円)他
  住所: 静岡県静岡市葵区七間町14-3
  電話: 054-252-0510
  営業時間: 平日…11:00~14:30、17:00~21:00
          土・日・祝日…11:00~21:00
  定休日: 不定休(ほぼ無休)

 府中宿内の東海道の一部、映画館が連なるシネマ通りの一角にある天文本店は、創業明治12(1877)年、地元でも評判の天婦羅屋だ。昼から夜まで通し営業をしているらしく、午後3時という通常であればおやつの時間にお邪魔した際にも、そこそこ人が入っていた。カウンターに席をとって、五代目の萩原康宏さんが仕事する様子を眺めながら料理を頂くことにした。

 平成15年に改装したという小綺麗な店内で、最初に目を引いたのが一枚の古ぼけた写真。女将さん曰く、明治35年(1902)に撮影されたものだというその写真に写る店の看板には、大きな文字で「ほねぬきどじょう」「かもやき」などと書かれている。

「当初は鰻やどじょう中心の料理屋だったようですよ」(女将さん)

 店の場所も、その頃はやはり東海道沿いの人宿町辺りにあったのだそう。現在地に移転したのは昭和になってから。どじょうや鰻以外にも様々な料理を出していたが、特に天婦羅に優れていたため、天婦羅中心へと変わっていったようだ(今でも鰻料理はある)。

 この店でのお薦めはと問うと、静岡らしく桜海老づくしのコースや、駿河湾の味覚を一度に楽しめるコース料理「駿河の幸」といったメニューが女将さんによって紹介されたが、「ちょっと珍しい」という言葉に惹かれたのが「桜海老茶漬」だ。その名の通り、桜海老のかき揚げを茶漬け風にして食べるというものである。

 この日一緒に旅をした相方には「駿河の幸コースB」を食べることを強要した上で、自分は「桜海老茶漬」を頂くことに。結論から言うと、「駿河の幸コースB」も「桜海老茶漬」も、大変おいしかった。別途頼んだメゴチとキスの天婦羅を食べた後だったが、それでも充分以上、堪能することができた。

 「駿河の幸コースB」はその名の通り、アジの干物に黒はんぺん、桜海老のかき揚げ、生白魚、しらすご飯といった具合に、駿河湾で獲れるおいしいもの尽くしに、駿河の山の幸(あるいは沢の幸?)とも言うべきわさび漬もちょっと添えたセット料理。

 アジの干物はしっとり柔らか、肉厚でジュージー。ぷりぷりの白魚は生姜と共につるっと頂く。たっぷりしらすがかかったあつあつご飯は思わずお下品にかっこみたくなる。この内容でこの値段に、静岡に居住したことのある相方も大満足の様子だった。

 おそらく天文本店でしか味わえないと思われる「桜海老茶漬」がまた良かった。「駿河の幸」にも桜海老のかき揚げはつくが、「桜海老茶漬」のかき揚げはそれとはちょっと違った揚げ方をしている。

 前者は、通常通りの衣をつけて円形にまとまるように揚げられており、ざくっとした食感。それに対し後者は、お茶漬け用という前提で薄めの衣でぱらぱらっとほぐれるように揚げてある。

 ちょっとした違いなのだが、これぞ職人技の妙といったところ。衣が少ない分だけ、出汁をかけて茶漬けにした際、べたつくことなくさらっと頂けるのだ。からっとした食感と、出汁に浸かってわずかにふやけた食感のバランスがいい。かつおと昆布でとった出汁は非常にあっさりとしている。お茶漬用のかき揚げには、桜海老の味を引き立てるために揚がったばかりのところへ乾煎りしたかつお節と粗塩をふりかけてあるため、無駄なしょっぱさのない出汁と合わさると丁度よい塩加減になるのだ。

 これなら「駿河の幸」を食べた後の“別腹”でもよかったかな、とふと思ってしまった…。揚げ物を食べた後でも胃もたれすることなく、気持ちよく街道歩きを続けることができたのだった。

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tenbun-sakuraebi-chaduke.JPG(料理の写真をクリックすると大きくなります)

櫻蕎麦 河内庵
  料理: 二八せいろ(700円)、駿河名代そば寿司(800円)、うどん雑炊(800円)他
  住所: 静岡県静岡市宮ヶ崎町74
  電話: 054-253-0432
  営業時間: 11:00~15:00、17:00~20:00
  定休日: 木曜日
  URL: http://www.aim-corp.co.jp/sengen/kawachian/

 駿府城址の西にある浅間神社の門前町、浅間通りに店を構える河内庵は、「静岡で最も古い蕎麦屋」である。いや、古いだけでなく、肝心の味もすこぶる評判が良い店なのだ。

 河内庵の歴史は、徳川三代将軍家光の頃まで遡ることができる。そもそも、前出の浅間神社(神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の総称)は弘治元年(1555)に当時今川家の人質であった徳川家康が元服式を執り行い、以後、家康の篤い崇敬を受けたため歴代将軍の祈願所として庇護されてきた社である。

 寛永11年(1634)には家光が浅間神社の再建を命じ、それを受けて諸国から名工が招じられた。その中のひとりとして、河内国石川郡から駿府へ呼び寄せられたのが河内屋彦兵衛という男だった。社殿の造営は数10年にも渡って行なわれたため、彦兵衛をはじめ多くの宮大工が家族と共にこの地に住み着いた。

 そして、彦兵衛から数代後の子孫が、享保元年(1716)に浅間神社門前町に蕎麦屋を開いた。これが、今日まで続く河内庵だ。店名の冠が「櫻蕎麦」となっているのは、浅間神社が桜の名所であることから。大正初期には浅間神社の境内に支店を置いていたこともあり、河内庵と浅間神社は切っても切れぬ縁のようだ。

 浅間神社つながりで、河内庵は徳川家とも深い縁がある。明治になり、駿府に移り住んだ慶喜も河内庵の蕎麦をたびたび所望したと言われている。また、店内には大正11年(1922)に「徳川公爵招待會」から贈られた感謝状が飾られており、「公爵モ殊ノ外御満足被遊候」と記されている。当時、公爵を名乗った徳川家の男子はといえば、徳川宗家十六代の家達や慶喜の七男・慶久、水戸徳川家直系の篤敬など。静岡にゆかりのある人物であろうから、前2者のいずれかか。

 このような歴史と由緒のある河内庵も、戦災で一度は家屋を焼失してしまうが、その後再建。この地に住まう人々の安らぎと憩いの場でもあった浅間神社の側で「風流と心のこもったおもてなしを」という家訓を守り続け、現当主の石川寛さんで十五代目にもなるという。

 伝統ある河内庵で頂きたいのは、やはり王道をいく「二八せいろ」。厳選された最高級の霧下蕎麦の粉が八、つなぎの粉が二という割合で練り上げた蕎麦は、コシのあるしっかりとした歯ごたえで、喉越しも抜群。

 そして何より、その香り。噛むほどに、さわやかな蕎麦の香りが優しく喉奥を通り過ぎていく。秋田産の辛味大根(時期限定)のキリッとした辛味が、程よい濃さの香り高い蕎麦汁によく合う。この他、見た目も美しい「そば寿司」や、土・日・祝日に月替りで登場する変わり蕎麦(蓬入りの草切りなど)もお薦めだ。

 余談ではあるが、見附のページで紹介している蕎麦屋「三友庵」も、現当主を含め三代に渡ってこの河内庵で修行をしているのだとか。おいしい蕎麦もひとつの道で結ばれているのだろう。

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kawachian-letter.jpg(料理の写真と文書はクリックすると大きくなります)