車道から石畳道、再び車道と、縫うようにして箱根東坂を進む。どこまでも続く登り坂を登り切り、足もふらふらになる頃、突如として車道脇に現れるのが、茅葺屋根の甘酒茶屋だ。甘酒と書かれた紺暖簾が、軒先にはためいている。中に入ると、薄暗い土間に囲炉裏。丸太切りの椅子に、ほっとして腰を下ろす。
今から約350年ほど前の江戸時代初期に創業したと言われる甘酒茶屋は、現在の当主・山本達雄さんで12代目を数える老舗中の老舗だ。その昔、近隣には4、5軒の茶屋があり、いずれも甘酒を名物としていたが、今残っているのはここだ江戸時代には干物など酒の肴も出していたが、なんと言ってもここの名物は甘酒。今でこそ麹屋で管理してもらっているという甘酒の麹菌も、江戸の頃から代々受け継いできたものを使用している。
甘酒茶屋の甘酒は、「本物」である。今では酒粕に砂糖を加えて水でのばす甘酒が一般的だが、ここでは砂糖などの添加物は一切加えない。麹の発酵によって、自然の甘みを出す。砂糖が貴重だった昔は、そうやって甘味を作っていた。これが、本来の甘酒の味なのだ。
焼餅に香りの良い青大豆粉をまぶした「きな粉」と、海苔を巻いたしょうゆ味の「いそべ」の2種類がある「力餅」も、この茶屋の看板商品だ。山道をゆく旅人もこれを食べて精をつけたのだろう、と思いきや、実は力餅は戦後になって出すようになったのだとか。歴史は新しいが、搗きたての餅は柔らかく、絶品だ。甘酒と一緒に是非、ご賞味頂きたい。
昭和10年生まれのご主人の1日は、朝3時頃から、甘酒の仕込みで始まる。麹は乾燥の具合などで微妙に味が変わるため、その日その日で複数を配合して、均一な味を保つようにしている。その加減は、ご主人の勘に頼るしかない。
「父は仕事をしていないと逆に参っちゃうような人なんです。頑固も頑固、昔かたぎで、納得しないことにはテコでも動かないですね。甘酒作りについても、大変なこだわりようで、私も父から受け継いで修行中ですが、衝突することもしばしばです(笑)」
そう話してくれたのは、息子の山本聡さんだ。息子さんも5時少し前には起きてきて、餅つきなどを手伝う。
山の中の一軒家だが、甘酒茶屋の朝は早い。開店は7時だが、それより早く訪れても快く迎えてくれる。「旅人に休みなし、ですからね。昔の人は日の出と共に歩き始めたとい言います。だから、歩く人たちのために、茶屋も早くから店を開かざるを得なかったのだと思います。旅人は、みんな目的があって旅をしています。茶屋が開いているから寄るんじゃなくて、旅人に寄ってもらうために茶屋を開けておく必要があったのです」(聡さん)
江戸時代から平成の世に時代が移った今も、客を迎えるための茶屋のあり方は変わっていない。
山本家は、甘酒茶屋と里にある家とを行き来しながら暮らしている。ご主人が子供だった頃には、箱根の関所を挟んで三島側にあった接待茶屋の鈴木家とも交流があったという。甘酒茶屋と接待茶屋(現在は跡地)は、関所からほぼ同じ距離にある。東から関所に向かう人も、西から関所に向かう人も、それぞれの茶屋で身支度を整えた。また、関所を無事越えたことで、ほっと一息つける場所もこの甘酒茶屋や接待茶屋だったのだ。聡さんの話では、ヤギや鶏、畑でとれた物などを交換していたようだ。何せ、山の中での自給自足だ、お互い助け合っていたのだろう。
昔は車道の反対側にあったという甘酒茶屋の建物は、昭和5年(1930)の豆相地震の際に倒壊したため、現在地に建て直した。更に、昭和48年にはハイカーのタバコのポイ捨てのために全焼。現在の建物は、その後、同じ間取りで昔風に再建したものである。店の後ろに石畳道があるが、これは近年になって静岡県が遊歩道として作ったもので、本来の旧道は店の前の車道だという。「父なんかは、アスファルトを掘り起こせば石畳が出てくるはずだと言っています」と聡さん。
江戸の頃にはこの道も行く人、帰る人で賑わったが、鉄道の敷設と共に旧道の利用が減り、甘酒茶屋にも苦難の年が続いたという。「今でこそ街道歩きやハイキングが流行していますが、一昔前はこの辺りはほとんど見捨てられたような地域でした。訪れるお客さんもほとんどなく、それこそ何度も家族会議を開いて、店を畳もうか続けようか真剣に悩んでいたようです。冬ともなると、ここを通る人は皆無でした。祖父が町で働いて、祖母がひとりでこの店を守っていた時期もありましたが、お陰様で、今は沢山のお客さんに足を運んでもらえるようになりました」(聡さん)
時代に置き去りにされそうになった小さな茶店は、懐かしさを求める時代の流れに乗ることに成功した。午前中に店を訪れたが、聡さんからお話を伺ううちに、次々と客が訪れて店内はいつの間にか満席になった。どんなに苦しい時も、「旅人に休みなし」という言葉が、歴代当主の頭に刻み込まれていたのだろう。おこがましいかもしれないが、旅人の一人として、頑張って残してくれてありがとう、とお礼を言いたい。
蛇足ではあるが、講談、戯曲でも有名な忠臣蔵「甘酒茶屋」のくだりについて。吉良邸討ち入りに向かう神崎与五郎が、馬子に言いがかりをつけられたが、大事の前の小事としてこの甘酒茶屋で詫び状を書いたという逸話が残っているが、実際にこの出来事があったのは、三島よりの山中新田辺りだった。甘酒茶屋で起きた事件として語る方が、語り手としても劇的に演出することができたのだろう。それだけ、この甘酒茶屋が昔から親しまれていた茶屋だったというわけだ。
店舗情報
甘酒茶屋
料理: 甘酒(400円)、力餅(いそべ、きな粉、各450円)他
住所: 神奈川県足柄下郡箱根町畑宿395-1
電話: 0460-3-6418
営業時間: 7:00~17:30
定休日: 日曜日
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