和菓子街道 東海道 小田原 松坂屋

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小田原の茶道家ご用達の老舗菓子店

 小田原には「松坂屋」という菓子屋が2軒ある。1軒は駅からほど遠からぬ繁華な場所にあり、もう1軒は旧東海道沿い、「ういろう」よりも更に箱根方面に進んだところにあるが、ここで語りたいのは後者の方だ。

 箱根登山鉄道の高架が見えてくる少し手前辺りに、その店はある。古い木造家屋、薄暗い店内にむき出しの土間。菓子の並んだケースの向こうに、おばあさんが静かに座っている、そんな店だ。お話を伺いに店を訪れると、おばあさん、もとい、女将さんが季節のお菓子だと言って「紅梅」と名付けられた上生菓子とお茶を運んできてくれた。丁度、小田原城の紅梅が咲き始めた頃だ。

 確かな創業年は不明だが、現当主は女将さん曰く「10代目くらい」という古い店で、菓子屋になる前は刀の鍔師の家柄だったという。江戸時代には小田原宿の中心地付近、青物町辺りで商いをしていたが、明治初期に現在地である南町(旧十字町)に越してきた。女将さんの話では、昔は町外れだったこの辺りに軽便鉄道の駅があったという。

 宣伝など派手なことは一切しない地味な松坂屋だが、小田原の菓子好きにはあまりにも有名な店である。まず、味が良い。それに尽きる。地元の茶道家のこぞって「ここのお菓子でなければだめ」と、松坂屋を贔屓にしているという。松坂屋の名は、何も地元小田原のみで知られているわけではない。裏千家十四代淡々斎は、松坂屋の銘菓「笹梅」を讃えて「雲井までとどく香りや笹の梅」という句を詠んでいる。

 笹梅は、梅肉を寒天で固めたいわゆる「のし梅」だ。2枚に畳んだ笹の葉をはがすと、小さな板状に切られた琥珀色の笹梅が姿を見せる。笹の香りが鼻をくすぐる。昔風のゼリーとも言われている笹梅だが、ゼリーと呼ぶには少々歯ごたえがある。ほどよい甘みと酸味が上品だ。見た目も味も素朴だが、このほどよいコシや味加減を作り出すのには、実に大変な手間隙がかけられている。

 梅の実を煮て、缶に入れて熟成させ、砂糖や水飴を加えてジャムを作り、寒天で固める。熟成にかかる時間は、1年間。「それくらい長く寝かせないと、本当の梅のおいしさが出ないんですね」と女将さん。更に、寒天を加えた後にも、3日間ほど乾燥させて、丁度良い歯ごたえになった頃合にようやく完成となる。その日作ってその日売る、という類の菓子ではないのだ。

 独特の製法で、時間をかけて作られる松坂屋の笹梅は、戦時中には陸軍にも納められていた。赤道を越えて東南アジアの戦地に運ばれたが、暑さの中でも味も香りも形も、なんら変化がなかったという。

 松坂屋で使っている梅は、小田原の曽我産のものだが、現在では松坂屋で求めている味の梅は数が少なくなってきているという。「うちで欲しいのは、種が小さくで果肉が多いもの。それで、酸っぱくないとダメなのね。今は甘めの梅が流行してるでしょう。うちでは比較的すっぱいものを使っているんだけど、それでも昔と比べたら酸味が足りないわねぇ」と女将さんは嘆く。

 明治頃から作られていたという笹梅だが、その味を確立したのは、先代の越川金次郎さんだ。しかし、先代が53歳という若さで亡くなったため、現当主の繁さんは笹梅の製法を受け継ぐ間もなく一からスタート、試行錯誤を重ねて先代の味を取り戻したのだとう。現在は繁さんは半ば引退しており、笹梅をはじめ、松坂屋の菓子はお雇いの職人さんが手がけている。跡を継ぐ人は今のところ決まっていないそう。

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soga-bairin.jpg曽我梅林

 ちなみに、駅の近くの松坂屋、通称「栄町松坂屋」は、先代の弟さんが暖簾分けで開いた店。両店の看板商品の「コケコー」(松坂屋)と「コケッコー」(栄町松坂屋)は名前も見た目もそっくりだが、女将さん曰く「味は全然違うのよ」とのことである。マシュマロのようなというか、固めの淡雪のような食感の真っ白な卵型の中に、黄身餡が入っているコケコー。おもしろい名前がついただが、大正時代には既に作られていたのではないか、と女将さんは言う。

 笹梅もそうだが、古くから梅の産地である小田原には、梅を使った菓子がたくさんある。北条早雲が梅干しを軍用食として重宝し、小田原城に梅の木を植えさせたのがはじまりと言われ、以来、現在に至るまで曽我の梅林を中心に梅の栽培が盛んに行なわれている。

 小田原の代表的な梅菓子としては、「甘露梅」がある。安政3年(1856)に当時の藩主の命により、集英堂が草案したと伝えられ、現在は店によって商品名は異なるが、小田原に数ある菓子屋の多くが作っている。紫蘇の葉で餡入りの求肥を包んだこの菓子については、近年、「元祖争い」も勃発したことがあったようだ(しかし、元祖は今はなき集英堂のはずである)。

 もっとも、町外れにあって、宣伝も何もしない小さな松坂屋にとっては、この元祖争いは蚊帳の外の話。松坂屋でも「寒露梅」の名で甘露梅を作ってはいるが、元祖争いには参加しなかったという。「うちには、笹梅がありますから」(女将さん)


【備考】甘露梅を買えるお店

盛月堂総本舗 (明治17年創業)
小田原市本町3-12-22、電話0465-22-2655

正栄堂菓子舗 (明治末期創業)
小田原市栄町2-1-29、電話0465-22-8155)       他



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kanrobai.jpg正栄堂の甘露梅

店舗情報

松坂屋
  菓子: 笹梅(1枚70円、5枚入450円~)、コケコー(1個126円)他
  住所: 神奈川県小田原市南町1-9-25
  電話: 0465-22-5276
  営業時間: 9:00~18:00
  定休日: 日曜日、祝日