厄除けで有名な川崎大師。本名を真言宗智山派大本山金剛山金乗院平間寺という。無実の罪で尾張の国を追われて川崎に移り住んだ平間兼乗という人が、夢枕に立った高僧の「海中の弘法大師像を供養し、功徳を諸人に及ばさば、汝が厄災変じて福徳となり、諸願もまた満足すべし」というお告げに従って、海中から弘法大師像を拾い上げた。後に尊賢上人という高僧がこの話を聞いて感銘を受け、兼乗と共に大治3年(1128)に寺を建立したのが川崎大師の始まりである。
徳川11代将軍家斉が、前厄の年に厄除けのために川崎大師を参拝したことから、江戸の庶民の間で大師詣でが爆発的に人気を呼んだ。門前町には土産物屋や茶屋が軒を連ね、大いに賑わった。中でも、川崎大師名物として評判を集めたのが蛤鍋(はまなべ)だ。
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門前町のおいしい立ち寄り情報
恵の本
料理: 蛤鍋(3150円、要予約)、あなご重(1600円)
江戸前天重(1600円)、蛤吸い物(750円)他
住所: 神奈川県川崎市川崎区大師本町9-12
電話: 044-288-2294
営業時間: 11:00~22:00
定休日: 木曜日
URL: http://www.2882294.com/
かつては川崎大師の門前に連なっていた蛤鍋屋も、今ではほとんど姿を消した。そんな中、寛文6年(1666)の創業以来、蛤鍋をはじめとする江戸前料理の暖簾を守り続けているのが、恵の本だ。
江戸時代初期、桃や枇杷を栽培して日本橋の魚河岸に卸していた伊藤家は、大師詣でが盛んになるにつれて、茶店を兼業するようになった。これが、江戸前割烹・恵の本の始まりだ。
そもそも江戸前とは、上方からやって来た場合、江戸に入る直前の辺りのことを指す。現在では大雑把に東京湾すなわち江戸前と言われることが多いが、元々は大森から川崎、金沢八景辺りまでの海を江戸前と呼んでいた。江戸前の海の特徴は、多摩川や相模川などの大きな河川の肥沃な真水が流れ込むことによって、海水の塩分濃度が下がって柔らかくなることにある。
江戸前の魚介が旨いとされる理由は、まさにここにある。例えば、蛤ひとつとっても、江戸前で育ったものは身が柔らかく、味にめりはりがあっておいしいのだという。逆に塩分が濃い海水で育つ蛤は身が締まりすぎて固くなってしまう。同じ神奈川県下でも、横須賀まで行くと江戸前から外れ、海水の塩分も濃くなる。
恵の本では、現在も昔と変わらず、江戸前の魚介に拘りを持ち続けている。かつて、川崎大師を訪れた参拝客達の舌を喜ばせた味噌仕立ての蛤鍋に使う蛤も、もちろん江戸前の地蛤(じはまぐり)だ。「蛤といっても色々ありますが、昔からこの地に伝わる蛤鍋の味は、この地蛤でなければ出ません」そう語るのは、恵の本の十代目当主の女将さんだ。かつては大師の浜で獲れた地蛤も今ではめっきり少なくなった。金沢八景の沖の小柴漁場でわずかばかり獲れるものは、最高級品として高値がつくようになった。
蛤鍋は要予約のため、飛び込みで入った私は代わりに蛤の吸い物(はますい)を頂いた。普通より大きめの椀がいっぱいになってしまうほどの大きな蛤は、よく見かける朝鮮蛤と比べても随分柔らかい。実はぷっくり、ふくよか。濃厚な味だ。ひとつでも充分食べ応えがあるが、これがどっさり入った蛤鍋は、ボリュームもさることながら、出汁がよく出てさぞ豪勢に違いない。蛤鍋を賞味するには予約が必要だが、天麩羅や寿司など、その他の江戸前料理は気軽に立ち寄って頂くことができる。川崎大師を詣でた後には、地の味を楽しんで土産話にするのもまたよし、である。
住吉屋総本店
菓子: 久寿餅(店内では1人前8切れ400円~
土産用は1人前8切れ1箱300円~)他
住所: 神奈川県川崎市川崎区大師本町8-16
電話: 044-266-4668
営業時間: 8:30~16:00(LO)
定休日: なし
川崎大師名物と言えば、久寿餅。「くずもち」とはいえ、関西で主流の葛粉を使った葛餅とは違い(実際には蕨粉を使用した蕨餅であったり、葛の代わりに他の植物澱粉を使っているところがほとんどだが)、原料は小麦粉だ。小麦粉を水洗いしながら練ると、グルテンの塊が残り、澱粉は水の中に解けてやがて沈殿する。この澱粉を長時間発酵させた後に蒸したものが、関東流の久寿餅だ。
この関東流の久寿餅屋として有名なのは、亀戸にある文化2年(1805)創業の船橋屋(くず餅)だが、川崎の久寿餅の起源はそれより少し遅く、天保(1830~1840)の頃。久兵衛という人が、雨に濡れた小麦粉をこねて水を張った樽に入れておいたところ、底に澱粉がたまったので、それを蒸して食べてみた、ということに発すると伝えられている。名前の由来は、久兵衛の「久」に無病長寿の縁起を担いで久寿餅の名がついたとも、原料に葛を使っていないことから、誤解を招かぬために久寿の字を当てたとも。
今では川崎大師門前で久寿餅をひさぐ店は多いが、一番の老舗は住吉屋総本店だ。創業は明治20年(1887)。久寿餅が創作されたのが天保年間なのに、住吉屋総本店が元祖を名乗るのはどういったことなのか。川崎の久寿餅屋としては最初の店という意味かもしれないが、詳しいことは分からない。ちょっと意地悪かとも思ったが、住吉屋四代目のご主人にこの疑問をぶつけてみたところ、「いや~、なんとなくそう言ったんでしょうねぇ、ははは(笑)」という、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「だいたい、うちが創業した頃なんて、久寿餅は今みたいな名物じゃなかったんです。隅っこの方で、細々とやってたんですよ」と、恵比須顔のご主人。大正時代の門前町の様子が描かれた古地図にも住吉屋が大きく描かれているのだから、その頃には既に評判だったのではないかと思うのだが、「いやいや、目立つように大きく描いてもらっただけなんじゃないですかね(笑)」と謙遜する。どこまでも人がいいようだ。
ご主人もおっしゃっているように、久寿餅は昔からこの地の名物だったわけではない。江戸の頃からの川崎大師名物と言えば蛤鍋。前述の古地図に描かれている店のほとんどが、蛤鍋屋だったという。しかし、近代化と共に川崎周辺の海の水質汚染が進むにつれて蛤をはじめ、海産物の漁獲量が減り、かつては軒を連ねていた蛤鍋屋も次々と店を畳んでいった。久寿餅が名物に取って代わったのは、戦後のことだ。以来、久寿餅屋が急増し、今では川崎大師久寿餅組合なる組合まであるほどだ。
さて、肝心の住吉屋総本店の久寿餅。今も現役で店先に立っていらっしゃる先代までは、全て手作りだった。蒸した後の固まり具合も、手で触れて確認していた。しかし、それでは需要に応えるに足るだけの量を作ることができないため、今では一部機械化で無駄を省いているという。時代と共に、小麦粉の質も変化したため、全てが昔と同じであっていいはずもない。
「昔、日本で生産されていた国産一号と呼ばれる内麦(ないばく)なら、グルテンが少ないのでそんなに長く水の中に入れておかなくても、すぐにグルテンが抜けるんです。でも、今では小麦粉というと、アメリカなどで生産されているタイプの品種が主流です。パンを膨らませる目的で、グルテンをより多く含むように品種改良されてきた小麦粉です。だから、不要なグルテンを排除するのに長時間を要するのです」(住吉屋ご主人)
時代と共に小麦粉が変わっても、味そのものを変えるわけにはいかない。そのため、水の配合などを調整して、昔ながらの味を保つ努力を重ねている。グルテンを取り除いた小麦粉澱粉を水野中で発酵させるのにかける時間は、約1年。いわゆる発酵食であるため、口に含むと、わずかながら酒かすにも似た独特の発酵臭を感じる。発酵させるために乳酸菌を加えている前述の船橋屋のくず餅とは、また違った風味だ。
黒蜜と黄な粉をかけて頂くが、黒蜜が多すぎるとこの微妙な風味を味わうことができない。久寿餅本来の風味を楽しみたいのであれば、黒蜜は控えめが良いと思うのは、勝手なお世話か。ぷるぷるっとした弾力のある食感は、本葛を使用した葛餅のようでもあり、こんにゃくのようでもある。名物になるまでに少々時間を要した久寿餅。そのさっぱりとした素朴な味わいは、現代人にとってはむしろ新鮮で好ましい。
ところで、以前は邪魔者扱いされていたグルテンはというと、今では生麩まんじゅうや精進しぐれ(生麩の佃煮)としてちゃんと有効活用している。いずれも、久寿餅と共に人気を集めている。
評判堂
菓子: 元祖せき止め飴、とんとんさらし飴
きなこ飴(各300円~)他
住所: 神奈川県川崎市川崎区大師町12-9
電話: 044-266-5825
営業時間: 8:30~17:30
定休日: なし
URL: http://www.hyobando.co.jp/yurai.html
川崎大師の参道に入ると、あっちこっちで聞こえてくる「とんとん、とんとん」というまな板を叩く音。「とんとん飴」「さらし飴」の飴切り実演のこの音は、今ではすっかり川崎大師の「音」になっている。久寿餅や達磨と並んで現在の川崎大師名物の代表格に数えられるのがせき止め飴だが、大師門前の飴屋の元祖を名乗っているのが、江森家の評判堂だ。
創業は文久2年(1862)。初代万吉が創業した頃は細々と菓子屋を営んでいたが、明治4年、善吉の代になると手広く商売をするようになった。なかなかのやり手事業家だったと見受けられる善吉は、評判堂のいわば中興の祖である。飴を中心に製造販売するようになったのも、この頃からだ。店を大々的に広げたことによって、善吉の店も次第に評判になったことから、店の名も評判屋に変えた。その後、戦後になって更に評判堂と名を改、現在に至っている。
伝統の飴切りは、仲の良い夫婦が揃って体をリズミカルに動かしながら、大きなまな板の上でとんとん、とととん、とんとん、と包丁を動かして海苔を切る様子からヒントを得たと言われている。大師参道の飴屋にも、夫婦の飴切り人形を飾っている店がある。
現在、評判堂では善吉のひ孫が社長、その夫が会長の席に着いている。御年80近い会長、趣味は社交ダンスというお元気さで、実に若々しい。飴作りと兼業で、市役所勤めも続けている会長は、人柄もよく、役所でのかつての部下が会長を慕って店を訪れることがしばしば。
店長は、会長・社長夫妻の息子さんだが、実は会長が未だに店長に作り方を伝授していない飴がある。きなこ飴だ。黒蜜や麦芽糖と一緒に黄な粉を練り固め、1日寝かせてから形作っていくきなこ飴は、しっとりと柔らかく、飴というよりすはまの押し物といった感じだ。黒蜜由来の甘みはコクがあるが、しつこさはないので飽きがこない。ついつい食べ過ぎてしまうのが玉にキズだ。
会長は、元祖せき止め飴や、とんとんさらし飴の作り方は子に任せても、このきなこ飴だけは未だに自分で手がけているという。お元気な会長のことだから、子である店長にきなこ飴の作り方が伝授されるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。まさに、一子相伝の味というわけだ。
この他、評判堂の飴は全て手作り。ガラス張りになっていて店頭から見ることができる厨房内では、一部機械化されたものの、職人さんたちが忙しそうに立ち回って繊細な飴と格闘している様子を見ることができる。飴作りの様子を眺めていると、あっと言う間に時間が過ぎてしまうが、売り子さんの熱心な講釈も勉強になるので耳を傾けてみて。
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