札の辻より少し東に戻った辺りの旧東海道沿いに、「御饅頭處」と書かれた大きな古い木製の看板を掲げる店がある。ガラス戸を引いて中に入ると、一歩踏み込む間隔もなくいきなり菓子の並んだショーケース。戸とケースの間は、人がようやく立てる程度のスペースしかない。ちょっとお腹の出た人なら、戸を閉めることはできないに違いない(自分が入れたことに安堵する)。
「狭くてすみません。過去に2度ほど道の区画整理があり、その都度、軒を減らしました。入口が内側に引っ込んだのに、重たいショーケースを動かすことがでず、お客様の立つ場所が随分狭くなってしまったのです」
申し訳なさそうに頭をかくのは、餅兵(もちひょう)の現当主である梅村眞司さんだ。だ40になったばかりの梅村さんが、七代目である父親の病気療養を機に、それまで勤めていた会社を辞めて八代目として家業を継いだのは2004年のこと。
「こんな時代ですからね、サラリーマンを続けていても先が知れていますから(笑)。それより、古くから続いている家を守るべきだと考えるようになったのです」
餅兵の創業は、今からおよそ240年前まで遡ることができる。文献の類はほとんど残されていないが、唯一と言える資料に、餅兵の前進についてが書かれてあるという。
梅村家は元は琵琶湖の北西岸の高島出身で、今でも高島地区には梅村姓が多いらしい。11~12代ほどまえの先祖が、高島から東海道で栄えていた大津に出てきて商いを始めたのが始まりだ。餅屋の前は鍛冶屋などをしていたということもわかっている。
その後、餅屋に転身してからは、盆にはお供え物の「しんこ」を、彼岸には「彼岸団子」を、といった具合に、庶民のための菓子屋として現在まで続いている。藤屋内匠が藩や禁裏の御用を務めたのに対し、餅兵は町方の餅や饅頭の店として栄えた。いわゆる「おまん屋」さんで、地元の人々からは「もっちょ」のあだ名で親しまれてきたという。
歩き旅の人々が目の前の東海道を行き来した頃、ぜんざいもちを食べさせる茶店として出発した餅兵。今でも、店内に緋毛氈を敷いた床机が置かれ、そこで店のお菓子を頂くことができる。私が訪れた時にも、丁度ご近所らしきご婦人が、丸い団扇を扇ぎながらお茶をすすっていた。
私も床机に腰をかけて、一服させてを頂くことにした。梅村さんが「これはちょっとおもしろいんですよ」と言って戸棚から四角い皿を出してきて、蕨餅を乗せてくれた。手にとってみると、朱塗りの皿は思いのほか軽い。漆が滑らかに手に馴染んで、使い勝手も良さそうだ。
「昔はこの皿に菓子を乗せて出していたようです。焼き物の器では洗うのが面倒だから、手ごろな木皿を使って、使い終わったらぽいぽいと捨てていたようです。今で言う使い捨てですね」
なるほど、使い捨ての概念は今に始まったことではなかったようだ。しかし、うかつに使い捨てたりしない物も、もちんろある。表の看板について聞いてみると、江戸時代後期から明治初期に作られたものだという。一枚板から作られ上等な看板で、今ではちょっと珍しいものらしい。看板に書かれた住所は「大津京町通五丁目」とあるが、これは今はない住所だ。
「店の場所は変わらないのですが、昔はこの辺りが京町五丁目だったのでしょうね。今では京町は三丁目までしかありません」
これよりやや小ぶりな「御餅所」と書かれた木看板が店内にもあるが、これも同じくらい古いものだという。店内にある古いものは、看板ばかりではない。現役で使っているという古いおくどさんと大きな釜、見事な総螺鈿細工を施した行器(ほかい)や木製の食器棚、重箱などが置かれている。
行器には「餅屋兵祐」と書かれている。この「兵祐」が初代の名で、「餅屋兵祐」から「餅」と「兵」をとって「餅兵」と名づけられたらしい。行器は結婚式の時などに2箱1対で担いで祝い菓子を運んだもので、これが2対、つまり4箱だけ残されているそう。
「昔は蔵にもっと色々あったようですが、先祖の中に古いものを片っ端から売り払ってしまった人がいて、今は大したものは残っていないのです」
8代も続けば当主の個性も様々。風流好みの先祖が描いたという大津絵も店内に飾られていっる。かく言う八代目の梅村さんもある意味「個性的」な当主のひとりだ。
平成の世になって餅兵に新風をもたらしたのは、洋菓子の勉強をしていたこともあるという梅村さんだ。定番の「あんころ餅」や「草餅」の横に並ぶのは、だだ茶豆入りの「青大豆大福」に「クルミ大福」、それに「ばなな大福」…「ばなな大福」?完熟バナナを大福のタネにしてしまったのだ。
香ばしくコクのある濃厚な味のクルミ餡を入れたクルミ大福は、ウォルナッツ・アイスクリームを連想する深い味わい。「豆大福」にしても、通常の赤えんどうではなく、丹波産の黒豆を使用。黒々とした大粒の豆が餅皮を通して透けて見え、ある意味豪快な一品だ。
季節のものも、「柏餅」や「蕨餅」といった一般的なものから、生のイチゴを道明寺で包んで桜の葉の塩漬けを巻いた春の「イチゴ桜餅」や、秋の味覚を餡にして串に刺した3色団子「栗・芋・南京(かぼちゃ)」など、次々と新しい趣向の菓子が登場する。しかし、どれをとっても派手ということは決してなく、むしろ素朴。それでいて個性的、インパクトのある菓子が多い。
「ひとひねりのある菓子を作りたいと思っているんです。ただし、和洋折衷にはしません。うちは和菓子屋ですから、あくまで和菓子なんです」
と、梅村さん。餅は餅屋にというが、ここは江戸時代から続く餅屋。ここで不思議大福に出会うこともしばしばあるが、ひとつ信用して頂きたい。
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店舗情報
餅兵
菓子: 草餅・ずんだ餅 (各1個130円)、「栗・芋・南京」団子 (1本170円)
クルミ大福・豆大福・ばなな大福 (各1個150円)他
住所: 滋賀県大津市中央2-5-37
電話: 077-522-7356
営業時間: 9:00~20:00
定休日: 第1・3日曜日 (お盆や節句は営業)
URL: http://www.biwa.ne.jp/~ume-m/mochihyo/
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