和菓子街道 東海道 四日市2

四日市宿の続き・・・

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その他のおいしい立ち寄り情報

太白永餅 金城軒
  菓子: 太白永餅 (1個84円~、9個入1箱840円~)
  住所: 三重県四日市市本町6-7
  電話: 0593-52-2463
  営業時間: 8:30~19:00
  定休日: 不定休 (正月含め年間5日程度)
  URL: http://tai-haku.com

 旧東海道からはぐんと離れた、JR四日市駅にもほど近い商店街の中にある金城軒は、慶応4年(1868)、つまり明治元年に茶屋として始まったと言われている。現当主の田中敏夫さんで六代目だ(ホームページには七代目とあるが、女将さんにお伺いしたところ六代目とのこと)。七代目予定の息子さんは、私が店を訪れた平成16年当時は25歳。はきはきと質問に答えてくれる好青年の印象が強く残っている。

 桑名には安永餅があり、四日市の入口には笹井屋の永餅があるが、そういった店とは少し遅れての創業となった金城軒でも、類似の「太白永餅」を作っている。

 「太白という言葉は中国語で一番という意味があるそうです」

 そう教えてくれたのは、未来の七代目だ。太白とは、古代中国で金星を意味するが、おそらく金星が夜空で最も強く輝いていることから「一番」という派生の意味が生まれたのかもしれない。日本語で金星のことを一番星と呼ぶのも、その強い輝きから夕暮れの空で最初に見つけることができる星だからだ。「一番おいしい餅菓子を作りたい」という願いを込めたネーミングだったのかもしれない。

 ともあれ、「太白永餅」という菓子を製造販売しているのは金城軒だけだ。逆に言うと、これは四日市の「永餅」とは別物。「永餅」は笹井屋の登録商標だ。多い日で1日7000個は作るというが、その工程はほぼ手作り。

 もち米100%の柔らかな餅に、丁寧に炊いた十勝産の小豆を包み、1本1本平たくのばしてから手焼きする。袋入りしか用意はないが、冷めていてもなお香ばしく、餅もしっかりとした歯ごたえがあり、美味である。添加物も一切使っておらず日持ちがしないため、本店と四日市市内の近鉄百貨店でのみの販売となっている。


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花月堂本店
  菓子: 采女の里 (1個230円)
       かげろう (15個入1箱840円~)他
  住所: 三重県四日市市本町7-11
  電話: 0593-52-3131
  営業時間: 8:00~20:00 (日曜は10:00~14:00)
  定休日: 元旦
  URL: http://www.cty-net.ne.jp/~kagetudo/

 四日市宿から次の石薬師宿に向かう途中に、采女の里と呼ばれる地がある。采女とは、古代、朝廷に仕えて天皇の食膳の奉仕をした下級女官のことだ。『日本書紀』などによると、郡の少領以上を持つ地方豪族の姉妹子女であり、容姿端麗な者だけが采女として召し上げられたようだ。伊勢地方は朝廷とのつながりが密接だったこともあり、采女を多く出した地である。現在の采女町も、采女を輩出した三重郡司の家があったとされる地であることから、この名がつけられたと言われている。

 本サイトの「石薬師」のページでは、采女の地名にまつわるある伝説について触れているが、これとは別に、采女という地名の由来にはもうひとつの古代の言い伝えも残されている。寛政9年(1797)刊の『東海道名所図会』に、「日本武尊御悩の時、三重の郡家より采女出て御介抱し奉る。御感ありて御歌あり。采女の名これより起こる」と記されている。日本武尊にまつわる伝説である。伊吹山の賊と戦って足に深手を負った日本武尊が、剣を杖代わりにしてこの地の急坂(杖衝坂)を上ったという有名な逸話があるが、この時、献身的に介抱してくれた采女に感心して歌を詠んだため、采女の地名がある、というものだ。

 しかし、「石薬師」のページで紹介している逸話が『古事記』を出典としているのに対し、日本武尊を采女が介抱したという逸話の出典は不明である。いずれにしても、この地の美しい女性が朝廷に召されたということは確かなようだ。

 さて、四日市市内に、この雅な地名を冠した最中「采女の里」を製している菓子屋がある。現当主の長谷川芳之さんで四代目という花月堂だ。

 初代の長谷川清太郎が四日市郊外の尾平町で菓子屋を開いたのが明治16年(1883)。その後ほどなくして、旧宿場町として賑わっていた四日市の蔵町(JR四日市駅の東側)に移転したという。現在はJR四日市駅の西側の本町に本店と支店があるが、建物は随分古いものらしく、老舗らしい趣がある。

 二代目の清太郎が創案したという「采女の里」は、羽二重餅を中に忍ばせた粒餡を、山里の家を模った立体的な皮で包んだ最中だ。最中としてはかなり大きめで、重さも90グラムほどというずっしりとしており、食べ応えがある。しかし、あっさりとした甘さが上品で、食べ疲れするということは決してない。この最中のファンも多く、今では四日市を代表する銘菓となっている。

 前後するが、この「采女の里」に先立って花月堂の看板を背負っていたのが、初代考案の「かげろう」という菓子だ。陽炎(かげろう)とは、ご存知のように暖かい日に地表から空気がゆらゆらと立ち上って見える自然現象のこと。海辺の町である四日市では、その地形や気候の関係から、昔からよく陽炎が見られたという。その柔らかな様子を菓子で表現したのが「かげろう」なのだとか。

 ただし、四日市の海は、その昔、陽炎というより蜃気楼が立つことでむしろ知られていたことを留意しておきたい。今のJR四日市駅の東一帯はかつては那古浦(なこのうら)と呼ばれ、この辺りの海上に春から初夏にかけて蜃気楼(昔は蜃楼といった)がよく観測されたと言われている。

 陽炎は、地面が温まってくる春頃ならどこでも見られる現象なので、もしかしたら初代の考えた陽炎とは、蜃気楼のことだったのかもしれない。いずれにしても、菓子の名なら「蜃気楼」よりも「かげろう」の方が風雅に聞こえる。

 小豆餡を求肥でくるみ、もち米を蒸して乾燥させて細かく砕いたいら粉を表面にまぶしたもので、白と、いら粉を香ばしく炒って茶色くしたものの2色がある。直径2センチほどの小ぶりな「かげろう」は、柔らかな食感といら粉の素朴な風味、しっかりとした餡の甘みのバランスが良く、お茶席にも合いそうな菓子である。

 現在は常時置いているわけではなく、注文による販売のみとなっている。「采女の里」もよいが、四日市の町の風情を感じるこの菓子も是非、味わってもらいたい。

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kagetsudo-kagero.JPG(お菓子の写真をクリックすると大きくなります)

大福餅本店
  菓子: いばら餅 (1個100円)、黒糖団子 (1本80円)他
  住所: 三重県四日市市中町1-9
  電話: 0593-52-5378
  営業時間: 8:00~19:00
  定休日: 火曜日

 四日市市中部地区の旧東海道より少し東の住宅街に、古びた店を構える大福餅本店。明治初期創業で、近所の人々から「餅屋のおいちゃん」の愛称で呼ばれているのは、四代目のご主人だ。

 大福餅本店は、その名の通り、餅屋だ。近所の人々が祝い事などの折に餅や赤飯を注文する。そんなごく普通の、近所の餅屋なのだ。船板を使った古い看板を見上げながら薄暗い店内に入ると、おはぎに大福、串団子といった餅菓子が並んだケースが向かえてくれる。

 ふと、お馴染みの餅菓子の中に、見慣れない名前の菓子があるのに気づいた。「いばら餅」とある。山帰来の葉で包んだ白い餅菓子のようだ。棘のある山帰来は別名サルトリイバラともいうため、この葉で包んだ餅だから、いばら餅の名があるだろうということは想像がついたが、この名称で売られている菓子は初めて見た。女将さんにどんなものなのか聞いてみた。

 「ご存知ないでしょう?うちの嫁も知らないんですよ。この辺りだけのものみたいですね。でも、嫁も一度食べたら病みつきになってしまって、置いておくと全部食べちゃうんですよ(笑)」

 女将さんによると、いばら餅はやはり想像通り、山帰来の葉で包んだ餅菓子だった。別名を「野上がり餅」ともいい、昔は農繁期に各農家で作って、野良仕事の合間のおやつに食べたものだという。この地方で育った人には、懐かしの味なのだ。大福餅本店では、漉し餡入りとと粒餡入りの両方を用意している。好みによると思うが、普段は粒餡好きの私は、餅皮のつるんとした食感には漉し餡が合っているように感じた。

 「本来はメリケン粉(小麦粉)だけで作るものですが、うちではもっちり感を出すために、もち粉を使っているんですよ。店によってそれぞれ個性がありますからね」

 後日、いばら餅の作り方を検索してみると、小麦粉を使ったり上新粉を使ったりと、作り手によって随分違うということが分かった。使う粉は違うが、粉で作った団子状の生地に餡を入れて、山帰来の葉で包んで蒸し揚げるという手順は同じのようだ。山帰来の葉には、食べ物を冷やす効果がある言われており、この葉に食べ物を包んで保存するというのは、昔の人の知恵なのである。

 いばら餅という名でなくても、この葉を包みに用いた団子や餅の類は西日本を中心に多く見られる。紀州東南部では、山帰来を「おさすり」と呼ぶため、いばら餅と同様のものを「おさすり餅」とか、「おさすり」と呼ぶ。同様に、遠く鹿児島県の屋久島では、山帰来を「かから」と呼ぶことから、その葉で包んだ餅を「かからん団子」と呼んでいるが、こちらは蓬を入れた緑のものが一般である。ちなみに、同じく四日市市内の旧東海道沿いにある嶋小餅店では、いばら餅とは呼ばず、「むし餅」という名で同じものを売っていた。

 山帰来は初夏になると濃い緑の葉をつける。それを用いてもちを包むため、いばら餅が店頭に並ぶ時期も、6月~11月頃までだという。女将さんがいばら餅のほかに勧めてくれたのが、黒糖団子だ。これは本来は季節を問わないものなのだが、大福餅本店では春のお花見団子の時期には作らないのだという。黒糖のコクのある甘みがきいた団子で、少しういろうににている。

 気取らない、昔ながらの味が揃った大福餅本店には、この先の東海道沿い、諏訪神社の門前にも支店があるので、街道歩きのついでならそちらを利用してもいいかも(四日市市諏訪栄町22-1、電話:059-351-2433)。

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daifkumochi-hompo-dango.JPG(お菓子の写真をクリックすると大きくなります)

料亭 寿美家
  料理: お気軽昼会席 (3500円~)、本格懐石料理(6000円~)他
  宿泊: 1泊朝食付 (6500円~)、1泊夕・朝食付 (12500円~)
  住所: 三重県四日市市元町2-4
  電話: 0593-53-6688
  営業時間: 11:00~14:00、17:00~21:00
  定休日: 不定休
  URL: http://www.su-mi-ya.com/

 四日市の中心街に、長い塀で囲まれたいかにも老舗然とした料亭「寿美家」がある。四日市の人が、結納や大事な行事の際に利用することが多いというこの料亭(宿泊も可能)の創業は、明治4年(1871)。元々置屋だったが、昭和22年(1947)から懐石料亭に転身した。

 置屋だった頃の残り香とでも言うのだろうか、門から入って石畳の伝いを抜けるまでは玄関が見えない造りが、どこか艶っぽい。板敷きの広い玄関で靴を脱ぎ、和照明が床をおぼろげに照らす廊下を行くと、私ひとりのためとはとても思えないような広大な座敷に通された。

 通常なら30人は利用できそうな座敷に、1席分だけ、用意が整っているのも不思議な光景だ。金屏風が置かれ、衣桁にかけられた内掛けが、静かなこの部屋を華やかにしてくれている。大正波うちガラス越しに眺める庭園も見事である。

 寿美家の発展に尽力を注いだのは二代目女将だった。築140年の屋敷を建て増しし、贅を凝らした数寄屋造りの離れなどを完成させた。これだけの規模で、これだけ贅沢な建物は、今となっては四日市近辺ではちょっと見かけない。現在ではこれに見合った建材もなかなか手に入らないため、修繕も容易ではないそうだ。

 今でこそ厳かな雰囲気の寿美家だが、かつては連日連夜、芸者さんを呼んでの大宴会が繰り広げられ、多い時には200人ものお客がここに集まったのだものだという。夜通し、三味線の音が絶えず、また、店の外には何十台ものタクシーやハイヤー、お抱え運転手付の黒塗り高級車が待機していたのだとか。

 寿美家が迎えた人々は、しかし、何も地元の企業家や有力者ばかりではなかった。諸外国の要人が視察で四日市を訪れる際にも、利用するのは必ず寿美家だった。ドイツ大使が来店した際には、二代目女将が片言のドイツ語で歓迎の挨拶をした。すると、大使一行は大喜びして、身の丈140cmほどの小柄な二代目女将を胴上げしてしまったという逸話も残っている。

 二代目女将は今も健在だが、中心となって店を取り仕切っているのは三代目の川村美保さんだ。更に、最近になって美保さんの次女も若女将修行を始めた。母上と共に座敷まで挨拶に来てくれた彼女は美しい女性で、若干26歳ながら既に女将としての気品が備わっているようにお見受けした。

 さて、寿美家の料理である。基本は京懐石や会席料理で、予算に応じて料理を用意してくれる。料理は言うまでもなく本格で、八寸からお造り、炊き合わせ、和え物、焼き物、揚げ物、蒸し物など、全てに細やかな気配りと職人の粋が行き届いていることが感じられる。老舗の名に恥じぬ料理というものを堪能することができた。四日市の粋な時代を今でも体感できる、希少な料亭である。


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