【も】
本居宣長ノ宮
【御鎮座】 三重縣松阪市殿町1533-2
【御祭神】 秋津彦美豆櫻根大人(本居宣長)、神霊能真柱大人(平田篤胤)
【社格】 旧縣社
【御神紋/社紋】 櫻
【御由緒】
著書『古事記伝』や『玉勝間』で知られる江戸時代の國学者であり、医師でもあった本居宣長(1730~1801)を主祭神とし、相殿に同じく國学者の平田篤胤(1776~1843)を祀る。國学者を祀ることから、学徳達成の神として崇敬されている。
本居宣長は松阪の商家に生まれており、市内には今も宣長旧宅など縁のある建物などが残る。
当社の創建は明治8年(1875)。元は山室山神社と称し、旧山室村の宣長の奥墓の傍らに鎮座していた。明治22年(1889)に現松阪市役所所在地に遷座した後、更に大正4年(1915)に現在地(松坂城址側の四五百の森)に再度、遷座して現在に至る。
社号は、昭和6年(1931)に本居神社、平成7年に本居宣長ノ宮と改称した。
御紋は、「しきしまの やまと心を 人とはば 朝日に匂ふ 山さくらはな」と宣長が詠んだ歌に因む櫻紋。
神社本庁に属さない単立神社。
【撤饌】
・御紋菓「落雁」、紅白各1個。
諸羽神社
【御鎮座】 京都府京都市山科区四ノ宮中在寺町19
【御祭神】 天児屋根命、天太玉命
【社格】 旧郷社
【御神紋/社紋】 五七桐
【御由緒】
創建は平安時代の貞観4年(862)。朝廷の命により、御料地であった山科郷柳山に社殿が造営された。天孫降臨の折、瓊瓊杵尊に陪従し、左右の翼のように補佐された二柱が御祭神であることから、両羽大明神と称された。それ以前から、上古に御祭神二柱が降臨した聖地であったとされていたらしい。柳山に鎮座していたため、楊柳大明神とも称した。また、柳山は両羽山(後に諸羽山)とも称された。
永正年間(1504~1520)に八幡宮、伊弉諾命、素盞鳴命、若宮八幡宮を合祀し、社号も諸羽と改称。
仁明天皇の第四皇子であった人康親王(831~872)に縁の深い神社でもある。親王は若くして失明し、出家して山科に隠棲した。屋敷跡は当宮の側だったとされている。琵琶をよくし、人々に琵琶や詩歌を教えたことから、没後には琵琶法師の祖神とされた。境内には親王が座って琵琶を弾いたと伝えられる「琵琶石」がある。
親王が第四皇子であったことから、当地一帯は四ノ宮と呼ばれるようになった。併せて、当宮も四ノ宮と称されることがあったが、山城國の四宮という意味ではない。
【撤饌】
・御紋菓の落雁(山科区四ノ宮・亀屋製)、紅白各1個
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