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富士山本宮浅間大社
御鎮座: 静岡縣富士宮市宮町1-1
御祭神: 木花之佐久夜毘賣命(浅間大神)
社格: 式内名神大社、旧官幣大社、駿河國一宮、別表神社
御神紋/社紋: 棕櫚の葉
御由緒: 『富士本宮浅間社記』によると、第七代孝霊天皇の御代に富士山が大噴火し、その後、長
きに渡って周辺一帯は荒れ果てた状態が続いていた。これを憂いた第十一代垂仁天皇
は、その御宇3年(紀元前27)に浅間大神を「山足の地」に祀り、山の霊を鎮めた。これが
当社の起源であるという。浅間大神とは即ち木花之佐久夜毘賣命であり、その水徳が噴
火を静めたと伝えられている。富士山は当社の御神体として崇められてきた。
最初に浅間大神が祀られた「山足の地」は、特定の地を指すのではなく、富士山麓の適
所を選んで祭祀を行ったと考えられている。社記によると、第十二代景行天皇の頃、東征
の途上で駿河國で賊徒の放った野火に襲われた日本武尊が浅間大神に祈念したところ、
難を逃れて賊徒を征伐することに成功した。感謝した日本武尊は「山宮」で浅間大神を祀
ったという。山宮は現鎮座地より北方約6キロの地に今も残されている。山宮には社殿は
なく、磐境(祭壇)を通して富士山を直接祀る古代祭祀の形態を伝える貴重な遺跡だ。
その後、大同元年(806)には、時の第五十一代平城天皇の勅命によって征夷大将軍の
坂上田村麻呂が現在地に社殿を造営し、浅間大神を山宮より遷座したと伝わる。
富士山の8合目以上は当社の奥宮境内地であり、頂上には奥宮と久須志神社の二社が
鎮座している。また、浅間大神を祀ったのは当社が最初であり、全国にある浅間神社の総
本社である。ちなみに、後に分祀された静岡市の浅間神社を「新宮」としたことに対して、
当社を「本宮」と称している。
富士山の登山は平安末期頃から始まり、江戸時代に飛躍的に発展したといわれる。当社
の境内にある湧玉池は、富士山の雪解け水が溶岩を浸透して神立山の山裾から湧出す
る自然の池で、昔は富士登拝者が潔斎をした池でもある。
御紋の棕櫚は神霊の憑代で、大宮司の富士家の家紋でもある。富士氏は第五代孝昭天
皇(在位:紀元前475~紀元前393)の後裔とされる古代豪族・和邇部氏の末裔という。
撤饌: 上撰清酒「御神酒」(富士宮市・富士高砂酒造製)、300ml入り1瓶。
御紋の「棕櫚の葉」を打ち出した小ぶりの白雪糕(富士宮市・木村屋本店製)、紅白各1個。
飴菓子「金平糖」(富士宮市・木村屋本店製)、50g入り紅白各1袋。
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