撤饌は

                                                                                               LinkIconHOME 撤饌トップページ

撤饌 頁二十六

【は】

   hakone.jpg
   hakone-liquor.jpg
   hakone-ika.jpg
   hakone-candy.jpg

箱根神社

御鎮座: 神奈川縣足柄下郡箱根町元箱根80-1
御祭神: 箱根大神(瓊瓊杵尊、木花咲耶姫命、彦火火出見尊)
社格: 旧國幣小社、別表神社
御神紋/社紋: 三割菊
御由緒: 鎌倉時代に原本が記された『筥根山縁起』によると、第五代孝昭天皇(在位:紀元前475~
      紀元前393)の御世に、聖占仙人が箱根山の駒ヶ岳を神体山として神仙宮を開いて奉祀し
      たことが当社の起こりで、その後、天平宝字元年(757)に萬巻上人が御神託を得て現在
      地に修験道と習合した里宮を創建、僧・俗・女の三体の神を箱根三所権現(箱根大権現、
      三所大権現とも)として祀ったと伝えられている。
      また、社宝『箱根権現絵巻』には、天竺斯羅奈國・波羅奈國の姫君と王子が日本に来て、
      箱根三所・伊豆二所両権現になったという伝説が掲載されているが、『箱根権現絵巻』は
      本地説話的な御伽草子の要素が多分にあり、信憑性はあまりないといえそう。
      歴史的には、飛鳥~平安時代前期にかけて編纂された“六國史”や延長5年(927)編纂の
      『延喜式神名帳』には記載されていないが、駒ケ岳を中心とする古代山岳信仰の霊場から
      発展したと考えられている。
      明治以前は、別当寺の金剛王院東福寺が箱根権現の中核をなしていたものの、明治の
      神仏分離令(1868)で当山僧侶は還俗して神職となり、箱根権現から箱根神社へと改称。
      修験道との習合時代が長らく続いていたが、箱根山麓に東海道が整備され、箱根宿や関
      所が設置されると、旅人の参拝も増え、庶民信仰の聖地としての側面も強めていった。
      御祭神は、瓊瓊杵尊、木花咲耶姫命、彦火火出見尊の三柱を総称して箱根大神と称す。
      駒ヶ岳山頂には昭和39年(1964)に再建された箱根元宮(奥宮)が鎮座している。山頂に
      はロープウェーで上ることができる。
      御神紋の「三割菊」は、平安時代に第六十五代花山天皇(在位:984~986)の皇子・豊覚
      王が別当寺の第十五代座主職を継いだことに由来する。
撤饌: 御神酒「清酒」(足柄郡開成町・瀬戸酒造製)、180ml入1パック。
     かつおぶしパック「かつおかれぶし削りぶし(砕片)」
         (小田原市栄町・久津間製)5g×3パック、干しスルメ烏賊、昆布入り1箱。
     「幸福飴」、白・赤各1個。

   hataoka.jpg
   hataoka-sembei.jpg

旗岡八幡神社

御鎮座: 東京都品川区旗の台3-6-12
御祭神: 誉田別命(応神天皇)、比売大神、息長帯比売命(神功皇后)
社格: 旧郷社
御神紋/社紋: 三つ巴
御由緒: 長元元年(1028)に上総國・下総國で起こった平忠常の乱を鎮圧すべく、長元3年(1030)
      に東進した甲斐守源頼信が、その途上に当地に宿営した。この時、霊威を感得したため、
      源氏の氏神である八幡神を奉斎し、戦勝を祈願したことが、当社の起こりという。
      高台に陣を敷き、源氏の白旗を高々と掲げたことが、「旗岡」もしくは「旗の台」の地名の
      由来となっている。
撤饌: 「ピーナツせんべい」(大阪府大阪市・銘品館ねぼけ堂販売)、4枚入り1箱。

   hachiman-yakumo.jpg
   hachiman-yakumo-sugar.jpg

八幡八雲神社

御鎮座: 東京都八王子市元横山町2-15-27
御祭神: 誉田別尊(八幡神社)、素盞鳴尊(八雲神社)
社格: 旧郷社
御神紋/社紋: 三つ巴(八幡神社)、祇園守(八雲神社)
御由緒: 八幡神社と八雲神社というふたつの神社を同等に合祀した神社。八幡神社は延長2年
      (924)に武蔵守・小野隆泰が、当時は横山荘と呼ばれていたこの地に石清水八幡宮を勧
      請したことが起こり。小野氏はその後、姓を横山と改め、この社を中心に土地を開墾して
      いき、これが今の八王子の街の原形となった。
      一方、八雲神社は、延喜16年(916)に大伴妙行なる人物が深沢山(後に八王子城が築か
      れた)に牛頭八王子権現を勧請したことを起源とする。牛頭八王子権現とは牛頭天王とそ
      の八王子のことで、インドの祇園精舎の守護神・牛頭天王は日本神道においては素盞鳴
      尊と習合されている(八坂神社および八雲神社の御祭神)。八王子の地名もこの牛頭八王
      子権現からきている。慶長3年(1598)の洪水で社が流されると、八雲神社は八幡神社に
      合祀されるようになった。
      市内の多賀神社を当地の西の鎮守とするのに対し、当神社は東の鎮守と呼ばれている。
撤饌: ペットシュガー(日新製糖製)、5g×22本入り1箱。

   hanazono.jpg
   hanazono-monka.jpg

花園神社

御鎮座: 東京都新宿区新宿5-17-3
御祭神: 倉稲魂神(花園)、日本武尊(大鳥)、受持神(雷電)
社格: 旧郷社 (新宿総鎮守)
御神紋/社紋: 稲穂(花園)、鳳凰の丸(大鳥)、三つ巴(雷電)
御由緒: 創建年は定かではないが、社伝によると、徳川家康の江戸入府(1590)以前に、大和國吉
      野山から勧請されたと伝わる(吉野の金峯山寺境内にある導稲荷からの勧請か)。江戸期
      には、四谷にあった十股山愛染院の末寺・稲荷山三光院(新義真言宗)によって奉仕され
      てきた。その後、明治維新後の神仏習合廃止によって三光院が廃寺となると、同寺住職が
      神職として当社の祭祀を務めた。
      元は、稲荷神社と称し、現在の伊勢丹デパート付近にあったが、寛政年間(1789~1800)
      に朝倉筑後守が同地に下屋敷を建てる際、現在地に遷座。遷座した先は、元は徳川御三
      家筆頭の尾張藩下屋敷の庭のあった場所で、花々が咲き乱れていたことから、花園と呼
      ばれていた。花園社の号の初見は、享和3年(1803)。また、文化・文政年間(1804~
      1829)の文献には花園稲荷神社との号が記されている。昭和3年(1928)、新宿四丁目の
      雷電稲荷神社を合祀、花園雷電稲荷両社と称した。昭和40年(1965)、南足立郡花又村
      (現・足立区花畑町)の大鳥神社を合祀し、花園神社と改称。
      元は稲荷であったことから、花園神社の御祭神は倉稲魂神(宇迦之御魂神とも。伏見稲
      荷大社の御祭神)で、御紋も「稲穂」。日本武尊を祀る大鳥神社の御紋は「鳳凰の丸」。
      また、受持神を祀る雷電神社の御紋は三つ巴だが、これは以下の由緒による。後三年の
      役(1083~1087)で清原氏討伐のため奥州へ向った源義家を追って東進した弟・源新羅
      三郎義光が、小さな祠で雨宿りをしていたところ、どこからともなく白狐が現れ、踊り始め
      た。すると、雨は止み、空は青く晴れてきた。武運を確信した義光は、兜と弓矢を祠に奉納
      したという。この由来により、稲荷神(狐が使い)である受持神(豊穣の神)を御祭神として
      祀りながら、源氏の氏神である八幡神の三つ巴を御紋としている。
      群馬県邑楽郡の雷電神社とは無関係。
撤饌: 御紋の稲穂(紅)と三つ巴(白)を模った落雁(新宿・花園饅頭製)、紅白各1個。