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撤饌 頁八

【く】

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國魂神社(津市)

御鎮座: 三重縣津市西古河23-16
御祭神: 國狭槌尊、豊斟渟尊、泥土煮尊、沙土煮尊、大戸道尊、大戸邊尊、面足尊、惶根尊
社格: 旧村社
御神紋/社紋: 三つ巴と四つ菱
御由緒:
創建年は定かではないが、「嘉祥三年(850)九月二十一日奉遷宮」と記された棟札が現存することから、これ以前から鎮座しており、更に遷宮も行われた社であることが分かる。
同社神職によると、御祭神八柱が天地造化の神々であるにも関わらず、伊弉諾尊・伊弉冉尊より以前の神々であったため、延喜式に入れられなかったのではないか、とのこと。
御祭神の八柱は、『日本書紀』(720年完成)の中でに登場する神々。天地開闢の折に最初に現れた十一柱七代のうち、國常立尊から伊弉諾尊・伊弉冉尊までの間に生成した神々で、『古事記』(712年)には登場しない。ちなみに、字こそ異なるものの、國常立尊、伊弉諾尊・伊弉冉尊の三柱は『古事記』にも登場する。
主祭神の八柱を祀っていたことから、当社は元は八王子社と称していた。元は現在の津市立西橋内中学校運動場辺り(津市東古河町7-1)にあったというが、慶長13年(1608)に津藩主・藤堂高虎が津城を拡張した際、現在地に遷座された。
その後、明治4年(1871)に八柱神社と改称、更に明治41年(1908)には近在の村社8社と無格社、境内社などを合祀し、國魂神社と改称された。現在は、元々祀っていた主祭神の八柱も併せた計三十五柱を祀る社となっている。
撤饌:
・御神紋・社紋を模った白雪糕、大・各2個、小各2個。

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國魂神社(津市)

御鎮座: 静岡縣静岡市駿河区根古屋390
御祭神: 徳川家康公
社格: 旧別格官幣社、別表神社
御神紋/社紋: 葵
御由緒:
徳川幕府初代将軍家康公を祀る。元和2年(1616)4月17日、駿河でその生涯を終えた家康公の亡きがらは、公の遺言によりその日のうちに久能山に運ばれ、その日建てた仮殿に安置され、神龍院梵舜によって吉田神道式の遷座祭が行なわれた。遷座祭は、神の御魂を遷す儀式であり、家康公はこの時点で、人格神「東照大権現」となった。翌年、二代将軍秀忠により、正式な社殿が造営された。日光東照宮をはじめ、全国に数ある東照宮は基本的には全て、久能山東照宮の建築様式に倣ったもの。
東照宮が創建される以前には、久能山上には武田信玄が築いた久能城があった。家康公は生前、久能城をして駿府城の本丸と呼ぶほど、重要視しており、死後もここに眠ることを希望した。
本殿背後には公の墓所である「神廟」があるため、参拝者は本殿に向かって参拝しながら、奥の神廟に対しても頭を下げていることになる。また、その遥か延長線上には日光東照宮がある。
神廟の宝塔は真西に向いている。西には、駿府城、家康公の母・於大の方が子を授かるよう祈願した鳳来寺、公が誕生した岡崎がある。
平成22年12月、権現造りの社殿が國宝に指定された。
撤饌:
・御神酒「上撰清酒 粹君」(岡山縣浅口市・平喜酒造製)、300ml入り1本
・「御塩」1袋(当宮の前浜・久能浜は塩の産地で、家康公も当地の塩を重要な産物とした)
・「お抹茶塩」1袋
・「抹茶らくがん」、16枚入り1箱(家康公が愛飲した駿河の茶に因む)
・「ディッパー シーチキン マヨネーズ」(静岡市清水区・はごろもフーズ)、50g 入り2パック