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宇佐神宮
御鎮座: 大分縣宇佐市南宇佐2859
御祭神: 八幡大神・誉田別尊(応神天皇)
比賣大神(多岐津姫命、市杵嶋姫命、多記理姫命)、息長帯姫命(神功皇后)
社格: 式内名神大社、旧官幣大社、勅祭社、別表神社、豊前國一宮
御神紋/社紋: 三つ巴、十六八重菊、五七の桐
御由緒: 応神天皇の御神霊である八幡大神は、欽明天皇の御代32年(571)に初めて宇佐の地に御示顕になったといわれ、その後、神亀2年(725)に聖武天皇の勅願によって現在地に社殿が造営された。伊勢神宮に継ぐ皇室第二の宗廟であり、勅祭社17社に列する格の高い社である。全國4万社余の八幡宮の総本宮であり、石清水八幡宮や鶴岡八幡宮なども、宇佐八幡宮からの勧請によって創建された。
安政2年~文久元年(1855~61)建立の現在の八幡造りの本殿は、國宝。
撤饌:
・十六菊(八重ではない)を模った白雪糕(1個、宇佐市・清月堂製)
・するめ、昆布(各1枚)
・御饌米
・白雪糕(白1個)
・「プロポリス・キャンディ」(北九州市・入江製菓製)、8個入り1袋
※数年前まで神饌として使われていた宇佐飴(当時は渡辺家が制していた)は、今では常の神饌にはなっていないが、参道に並ぶ数軒の店で製して土産として売っている。
菟足神社
御鎮座: 愛知縣宝飯郡小坂井町小坂井宮脇2
御祭神: 菟上足尼命
社格: 式内社、旧縣社
御神紋/社紋: 輪法(または輪宝) (飾り紋は丸に兎)
御由緒:
雄略天皇の御宇(456年~479年)に穂の國(東三河)の國造として当地に赴いた菟上足尼命を御祭神とする。菟上足尼命は、孝元天皇(在位:紀元前214年~紀元前158年)の御裔である葛城襲津彦命の四世の孫。元は近郊の平井の柏木濱に祀られていたが、白鳳15年(686)に菟上足尼命の屋敷跡に遷座。
社紋は、主に寺紋として使われる輪法紋。神仏習合の名残か。社宝にも、仏教経典『大般若経五八五巻』(國重要文化財)があり、江戸時代末期に編纂された『参河國名所図会』には、境内に寺院式の鐘楼が描かれている。
菟足神社の祭事「風まつり」では、古来、猪の生贄が供えられていたといわれ、平安後期の『今昔物語』などには三河國の國司・大江定基がその残忍な様子に嘆き、出家したと記されている。現在では猪ではなく、十二羽の雀を献じているが、千年余前には人身御供が行われていたとの伝説もある。
撤饌:
・丸に兎を模ったビニール入りの砂糖(紅白袋各1包)
※社紋は正式には輪法紋(祭りの幔幕などに描かれている)。兎紋は社号に因んだ飾り紋。
善知鳥神社
御鎮座: 青森縣青森市安方2-7-18
御祭神: 多紀理毘賣命、市寸嶋比賣命、多岐都比賣命
社格: 旧縣社
御神紋/社紋: 善知鳥、津軽牡丹
御由緒: 創祀年は不詳。社伝によると、第十九代允恭天皇(在位:412~453)の御代に、当地の族を倒し、当地を平定して納めた善知鳥中納言安方が、霊験あらたかなる神々を祀ったことに始まるという。善知鳥中納言安方は人々に漁猟や耕作を教え、当地を開拓。現在の青森市の前身となる善知鳥村を拓いたと伝えられている。
御祭神は、天照大御神と弟神の須佐之男命がうけひを行なった際に生まれた三女神で、宗像三神とも称される海上を守る神々。当地はかつては安潟と呼ばれ、暴風雨でも安全な場所だったといわれる。海上安全の三女神を祀ったのは、こうした地理的条件を踏まえたものと思われる。
一時廃れたが、坂上田村麻呂が東征を行なったの大同2年(807)に再建された。
撤饌:
・「黒房すぐり茶」(青森市幸畑・はとや製菓製)、2g入り3パック
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