品川宿に入ってすぐ、今でいうところの北品川商店街の入口近くに店を構える桝翁軒。この店の名物は何かと問うと、知る人の半分くらいは「だんご」と答え、残りの半分くらいは「親父さん」と答えるのではないだろうか。店主の岩瀬吉二郎さんは、絵に描いたようなちゃっきちゃきの江戸っ子。その口の達者たるや、某テレビ番組に出演した際には、明石家さんまを食ってしまったほどだ。
取材した日も、お茶と一緒に出して下さった青梅の形をした生菓子を指して、「この菓子、なんて名前なのか俺に聞いてみて」とのたまう。おうむ返しに、「なんて名前なんですか?」と聞くと、「こりゃ、梅え、ってんだ(笑)」とご主人。実際、生菓子の並んだ硝子ケースを見てみると、「これは梅え」とある…。こんな調子で次から次へと、洒落やら駄洒落やらが口をついて出てくる。明石家さんまはもちろん、落語家の林家こぶ平(当時)・一平兄弟も舌を巻いて逃げてきたという武勇伝まである。
下町のエンターテイナーとの異名を持つご主人だが、何も常時この調子というわけではない。おちゃらけ半分の笑顔も、一旦、店の奥の調理場に入れば真剣そのもの、桝翁軒六代目当主としての厳しい表情に変わる。「だんごひとつにしたって、餅を搗いて丸めて、醤油と砂糖と水を煮詰めたタレを絡めるまで全部手作りだ。こんな手間隙かかるもんはないよ。それを、1本70円で売ってるんだ。心がなきゃ、手間なんてかけられない。心があるから、この商売を続けてられるんだよ」(ご主人)
そうご主人が説明してくれた「みたらしだんご」は、ご主人に次ぐ桝翁軒の「顔」だ。演歌歌手の細川たかしや、元西武ライオンズ監督の森祇晶氏といった著名人のファンも多いこのだんご、ご主人の剛毅な性格が表れているのか、一粒一粒が大ぶりで、こう言っちゃなんだが不恰好なのだ。「機械で作ったまん丸のだんごなんて、プラスティックの算盤玉みたいで食べる気しないよ。でこぼこしてた方がタレも絡んでいいんだよ」とご主人、ニヤリと笑ってみせる。だんごには搗きたての新粉餅を使用。柔らかいことは柔らかいが、べちゃっとしたものではなく、餅のようなコシがある。しっかり噛んで、生地の甘みを味わって、また噛んで…そんなしこしこ感のある大粒のだんごが4つもついているのだから、食べ応えも満点だ。
季節の生菓子ももちろんおいしいが、このだんごにも言えるように、桝翁軒の強みは何といっても餅にある。正月ともなると、ご近所はもちろん、遠方からも鏡餅の依頼が殺到する。「桝翁軒の鏡餅がないと、新年を迎えられない」という常連さんは少なくない。餅は、調理場にでんと据えられた石臼で毎朝搗かれる。今でこそ杵は機械仕掛けになっているが、ご主人は全部を機械に任せるようなことはせず、自分でこねてコシのある餅に仕上げていく。自慢の団子も、同じ要領で新粉と水を搗き合わせて作る。ひとりで全部作るから、誰かが杵を振り上げてくれなければ自分がこねることができない。だから、相棒は機械仕掛けの杵。基本は、江戸の昔と変わっていないようだ。
桝翁軒の「一応の創業年」は幕末の嘉永2年(1849)ということになっている。一応、というのは、それ以前にも店があったかもしれないが、火災や戦災で店や家屋が全焼してほとんどの資料が焼失し、確かな記録が残っていないためだ。唯一火の手を免れた桝翁軒の庭先のお稲荷さんに嘉永2年という年号が刻まれているため、その年を創業年と決めているのだという。
江戸時代の桝翁面は、今のように店先に菓子を並べて売るということはなく、近隣の旅籠や遊郭に箱詰めの菓子を届けていたという。旅人相手というより、そういった遊び場や、あるいは神社仏閣がお得意先だったようだ。
「とにかくね、甘いものなんてのは菓子屋か汁粉屋か水菓子(果物)屋くらいしかなかった時代のことだよ。今でこそスウィーツだなんだって、旨いもんがいっぱいあるけど、昔は甘いものってのは最高のご馳走で、一年を通して、一生を通して大事なところで必ず今でいう和菓子を食べたもんなんだ。冠婚葬祭、七五三に三月五月の節句って具合にね。でも今じゃ、和菓子の出番というか、需要は昔と思うとだいぶ減ったんじゃないかな」
そう語るご主人だが、店を広げることは考えていないという。「江戸時代からこうして続けてくることができたコツってのは、地味にやることにあると思うんだ。景気なんかどこふく風。景気が良くても悪くてもうちは関係ないね。手広くやって失敗するより、食える程度に地道にやって、永く続ける方がいいんだよ」(ご主人)
桝翁軒は、時流に乗って新作菓子を作るようなこともしない。「和菓子ってもんには本来、新作なんかないんだよ。とらやさんみたいな老舗だってそうだろ、昔から作ってる菓子を造り続けてるんだ。それぞれの店で工夫があったり、見た目や名前が違うってことはあっても、基本は昔っからある菓子なんだ。大福に苺を入れるなんて、和菓子じゃないよ」(ご主人)
そう自らの和菓子理念を語るご主人は、高校生の頃から学校に通いながら家業の手伝いをしていたという。「当時はみんなそうだったよ。学校に行かせてもらって、帰ったら遊ぶより何よりまず家の仕事を手伝ったもんだ。高校を卒業した後は製菓学校に進んだけど、学校で教えてもらうことはあくまで基本であって、それ以上にはならない。どこの菓子屋のせがれもみんな自分の家のやり方がある。鍋が違うだけで、同じ餡は作れないもんなんだよ」とご主人。
先代は仕事を教えることも、注意をすることもなかったという。「親父のやり方を見て、自然に学んだんだよ」というご主人だが、現在は、彼の後姿を見て菓子作りをしている跡継ぎはいない。娘さんはいるが、七代目については、この先どうなるのか分からないのだという。「まあ、俺が生涯元気で頑張るんだな。その先のことは分からないね(笑)」そう言って下町のエンターテイナーは、にっこり笑った。
家紋の四つ目桝と長寿を表す縁起物の翁とを合わせた桝翁軒という屋号には、「ますます永く続きますように」との思いが込められているという。みんなが大好きな北品川の桝翁軒が、ますます永く続きますように…。
店舗情報
桝翁軒
菓子: 焼だんご(5本350円)、生菓子(各150円~)他
住所: 東京都品川区北品川1-2-8
電話: 03-3471-3385
営業時間: 8:00~20:00
定休日: 不定休(月3日回休みあり)
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